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[日記2005年11月18日(金)に思った哲学のこと

童話に学べ

童話に学べ

童話はいいよねぇ。
『アリとキリギリス』や『ウサギとカメ』の話を覚えているだろうか? あの童話には、多くの教訓が秘められている。
「地道に働くものは、最後にはシアワセを得る。
 遊びほうけるものは、いつか痛い目を見る。」

......本当にそうだろうか?

第1の声

キリギリスとウサギは、単に馬鹿だっただけだ。
キリギリスは冬に演奏会を開いて、アリから金を巻き上げればよかった。
ウサギは昼寝なんかせずに、最後まで走り抜けばよかった。
この童話の教訓は、「がんばれば弱者でも勝てる」ではなく、「油断すれば強者も敗れる」である。

第2の声

これらの童話を子どもに話すと、こんな質問をされるという。
「どうしてカメは、寝ているウサギを起こしてあげなかったの?」
......たしかにそうだ。
遊びほうけるキリギリスを見て、アリはどう思ったか?
昼寝しているウサギを見て、カメはどう思ったか?
(しめしめ油断しているな。これなら勝てるぜ!)
この童話の教訓は、「勝つためには、情けをかけるな」であろう。

第3の声

さらに、こんな質問もある。
「どうしてカメは、ウサギと競争したの?」
......たしかにそうだ。
童謡では、「競争しよう」と言い出したのはカメの方だ。もしかするとカメは、ウサギが油断(昼寝)することを予見していたのかもしれない。だとすると、そーとー勝負師なカメである。
一方、ウサギはなぜカメを挑発したのか? 弱者に勝つことで、強者としての自信を得ようとしたのか。だとすると、そーとー気弱なウサギである。

キリギリスに目を向けてみよう。
繁殖を終えたキリギリスは、冬を越すことなく死んでしまう。しかし卵は越冬して、春になるとふ化する。春に生まれ、夏に歌い、秋に子をなし、冬に死ぬ。これがキリギリスの一生である。冬を越せないからと言って馬鹿にするのは、傲慢ではあるまいか?
この童話の教訓は、「ちがう種の優劣を、1つの価値観で決めるのはおかしい」であろう。

『ウサギとカメ』の後日談

カメに負けたウサギは、ウサギ村で村八分(仲間はずれ)にされる。そんなある日、ウサギ村にオオカミが現れ、「村を襲われたくなかったら、明朝までに子ウサギを3匹、山の頂上まで連れてこい」と脅す。ウサギたちは長老の家で話し合うが、いい案が出ない。すると、負けウサギが「自分が行く!」と言って、ひとりで山に登っていった。頂上で待っていたオオカミに、ウサギは言った。「仲間があと2匹、そこまで来ているのだが、オオカミさんを恐れて隠れている。ちょっと後ろを向いていてもらえないだろうか」言われたとおり後ろを向いたオオカミに、ウサギは体当たりして、もろとも谷底へ落ちていく。しかしウサギは途中の枝に引っかかって、九死に一生を得た。村に帰ったウサギは、英雄として称えられた。
イソップ童話:ウサギとカメ

『アリとキリギリス』の後日談

日本では、冬になって飢えるキリギリスに、アリが蓄えを分け与えたと結んでいる。種族の違う相手にも、なんの見返りも求めずに施しをする。なんと美しい話だろうか。その精神性の高さには、驚嘆を禁じ得ない。ところが、世界146ヵ国では、別のエンディングがある。餓死したキリギリスの身体を、アリたちは食べてしまうのだ。
イソップ童話:蝉と蟻たち

私の声

やっぱり童話はいいねぇ。

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