日記  2006年04月04日(火) に思った 哲学 のこと

"する" と "される"

"する" と "される"

"する"と"される"では、どっちがいい?

高校のころ、知り合いの女の子に質問された。
あいまいな表現だが、意図するところはわかる。
つまり、こういうことだ。

誰かを愛することと、誰かに愛されることでは、
どっちがシアワセなのか?

私は「愛される方がシアワセだ」と答えた。
しかし彼女は、自分の答えを言わなかった。
彼女は、どっちがシアワセだと思っていたのだろう?

あれから20年が過ぎて、考えが変わった。
変わっていたことに、最近、気がついた。

いまは愛されるより、愛する方がシアワセだと思う。

ぶっちゃけ言えば、愛されているかどうかは不確かだ。
人の心は変わる。つねに一定の愛情を注げる人はいない。
愛されることを至上とすれば、その変化に振りまわされることになる。

一方、愛することは自分の中の真実だ
自分でわかるし、自分で実感できる。
自分の気持ちを相手に伝えるか、見返りを求めるかどうかは別の話だ。

相手からの反射より、自分の中に光源があることを喜ぶ。

そう考えると、いろいろ楽になった。
思うように、ものごとを愛せるようになった気がする。

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