日記  2008年01月24日(木) に思った 社会 のこと

ならぬことはならぬものです

ならぬことはならぬものです
什の掟

一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ

ならぬことはならぬものです

 江戸時代、会津藩の子弟たちに教え込まれた「什の掟」である。『国家の品格』や『白虎隊』でも取り上げられたので、ご存じの方も多いと思う。

 「什(じゅう)」とは、6歳から9歳くらいの子ども十人前後で形成するグループのこと。リーダーである什長は、毎日子どもたちを集めて「什の掟」を訓示し、これに反する行為をしなかったか反省会を開いていたという。つまり、掟に対する疑問があっても、翌日には解決されていたわけだな。悩みを抱え込まずにすむという一点だけを見ても、この教育方式は非常に優れていると思う。

 7ヶ条からなる掟は、現代に通じるものもあれば、奇異に映るものもある。第6条はけっこう新鮮で、歩きながら食事をすることが多い私も反省してしまう。
 そんな中、私がもっとも注目するのは最後の一節。

 ならぬことはならぬものです

 ルールの理由を説明していないのだ

 現代人はルールに理由を求める。しかし倫理を分解するのは難しい。ましてや、そんな質問をする人に社会心理学的な傾向を説いても理解されない。結局、1.それが自分の利益になるから 2.周囲に迷惑をかけるから と説明することになる。

 ルールの理由を説明すると、抜け道ができてしまう。たとえば「遅刻するな」というルールは、遅刻による減給を気にしない人や、周囲の迷惑を理解しない人には通じない。ふだんの生活でよく耳にするのは、「関係ないでしょ」とか「迷惑をかけてないから、いいじゃない」といったセリフだ。こういう人たちにルールを守らせることは難しい。
 しかし、ならぬことはならぬものですと言われれば、抜け道はない。駄目はことは駄目であり、どうすれば駄目でなくなるかという発想さえ禁じている。

 これを横暴と感じる人もいるだろう。「上」に立つものは、「下」を納得させる責任があるという意見もある。
 そういう人は、部下や子どもの教育に苦しむだろう。

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