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[日記2008年04月25日(金)に思った社会のこと

最悪の結果は善人の善意から

最悪の結果は善人の善意から

このあいだテレビで、公共事業の話をやっていた。

市町村の業務が民営化されて、一部の公務員は民間企業の職員となった。しかし公共事業が減って、入札も厳しくなったので、元公務員たちの仕事は大幅に減ってしまった(生活が苦しくなった)。テレビは、この格差を法律で救えというスタンスで編集されていた。ナンセンスな話だ。

たとえば清掃業務が民営化されたとする。それまで公務員として仕事をしていた人は、民間企業として受託することになる。民間企業には競争があるから、安くて、よい仕事をする企業があれば、発注はとられてしまう。当たり前の話だ。

元公務員たちは、必ず仕事を発注するよう、あるいは最低賃金を保証するよう市町村に訴えている。「最低賃金でも入札できない」と彼らは言うが、裏を返せば、最低賃金以下で受託する民間企業があるってことだ。

1人の人間が1日で掃除できる面積があって、それを1人日で発注しても、0.8人日で受託する会社があるのだろう。1人日で1.5倍の面積を掃除するノウハウがあるなら、最低賃金をわる価格で受託してもやっていける。ノウハウのない会社が、ノウハウのある会社に勝てるはずもない。

要するに元公務員にはノウハウがない、あるいはノウハウが必要と言うことに気づいていないのだ。仕事の発注を義務づけたら、民営化した意味がない。仕事を失っても、身体と時間はあるのだから、技術を磨けばいい。それだけの話だ。

若い女性キャスターは、「それでも競争に勝てない人たちを、政府は救済すべきでしょう」と主張する。むらむらと怒りがわいてきたが、解説員がつっこんでくれた。「仕事ができない人を手厚く保護してしまうと、むしろ生活保護を受けた方が収入がよくなってしまいます。このあたりが問題ですね」と。その通りだろう。

負けたヤツが悪いとか、セイフティネットは不要と言うつもりはない。しかし安易な保護政策が、国の窮状を招いたことを忘れてはならない。よく考えてほしいよ。

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