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[日記2008年10月10日(金)に思った社会のこと

ココロも欲しい

ココロも欲しい

ニュースによると、アメリカの従業員の約半数は上司を尊敬していないとか。

なんだか当たり前のような気がする。調査は「上司は部下から尊敬されるべき」を前提にしているが、それは理想であって現実じゃない。もし100%の従業員が上司を尊敬していたら奇妙に感じるだろう。むしろ約半数が上司を尊敬していることに驚く。

「企業は従業員との関係より、利益を優先している」と指摘されているが、それも当たり前。企業の第一義は利益追求であり、従業員の待遇や社会貢献は副次的な要素に過ぎない。言い換えれば、従業員から尊敬されている方が会社運営しやすいわけだ。
それはつまり、給料を安くしても、きつい労働を強いても、上司の読みが外れても、尊敬がクッションになると言う意味か? まぁ、「尊敬」はココロの隷属ではないので、異論はあるだろうけどね。

私自身は経営者であり、従業員から尊敬されるべき存在だが、それを置いておくと、「尊敬できる上司なんて存在するわけない」と思ってる。尊敬できる上司がいれば素晴らしいけど、それは自分の利益追求(スキル向上、給料アップなど)の助けになるという意味だ。つまるところ、従業員の第一義も利益追求なのだ。互いの利益が合致するところで契約し、仕事をしているわけで、ココロのつながりは副次的な要素だ。

先日、『ヒューマントラフィック』という映画を見た。
その中で人身売買組織が誘拐した女性たちを酷使するシーンがあるんだけど、なんとも非効率に見えた。暴力で支配し、不衛生なところで強制労働させれば、そーとーなストレスになる。商品としての価値も下がるし、管理コスト(逃亡しないように見張る手間)もかさむ。

もし賢い人身売買組織がいるとしたら、どうだろう?
たぶん、女性たちに尊敬される管理者を置き、見張りがなくても逃げず、みずから体調管理をして、せっせと働くように仕向けるだろう。継続的な発展のため、法令遵守し、社会貢献活動にも注力するだろう。そう思うと、ちょっと気分が暗くなった。

企業も株主から尊敬されていれば、業績悪化で叱咤されることもないだろうにね。

「あるのが当然」とは思わないが、好意や敬意がなければ社会はうまくまわらない。

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