日記  2009年03月12日(木) に思った 社会 のこと

好きとフツーのあいだに

好きとフツーのあいだに

私は男なので、おおむね女性は好きだ。

その美しさ、強さを崇拝している。「好き」イコール「結婚したい」とか「エッチしたい」ではない。もっとゆるやかな好意があるのだが、女性は恋愛ではない「好き」を理解してくれない。

むかし、勤め先に素敵な女性がいて、その仕草を褒めたところ、
「ごめんなさい、彼氏がいるんです」
と返された。

そのときのショックを、どう表現すればいいだろう?
「付き合ってくれ」とか「おっぱい見せて」と頼んだわけじゃない。ふとした仕草に感動したことを、ただ率直に伝えたかっただけなのに!

拒絶されたは、じつは、どうでもいい。
それより、なんでも恋愛に直結させる思考回路に呆れてしまった。幻滅したといってもいい。まぁ、翌朝には、そんな彼女の内面をかわいいと思ったりしたけどね。

女性を褒めるのは難しい。この数年で、さらに難しくなった。
高校生のころは、道ですれ違った女性に「お姉さん、美人!」とか言えたんだけど、今はもう無理だ。私が醜悪なオヤジになったせいなのか、世の女性がおしなべて強くなったせいなのか。
20代後半になるころは、すっかり私は臆病になり、女性と目を合わさないようになっていた。

褒める→好き→求愛行動と解釈されると、そのリスクはきわめて大きい。
拳銃をもった相手と、「あっち向いてホイ」をやるようなもんだ。

30代になって、女性の部下をもつようになった。
すると女性の気持ちをくみ取れないことが、障害となりはじめた。ある人に「女の子の小さな変化に気づいてください」と言われて、真剣に悩んだこともある。しかし「かわいい服だね」とか「髪型がいいね」なんて、本心から思ってないことは言えない。そして、私が本心から褒めたいところは、女性が褒めて欲しくないところらしい。うーぬ。

反省すべき点はある。しかし努力して女性の歓心を買おうとは思わない。
おおむね女性は好きだが、私の人生に占める割合は大きくない。誤解されようと、疎まれようと、オドオドしながら暮らすのはまっぴらだ。「空気を無意識に、正確に感じ取ってください」と言われても、できないものはできません!
触らぬ神に祟りなし!!!

私は褒めることで、見返りを求めていたのかもしれない。
好意を持ってくれとは言わないが、喜んでほしかったのだ。しかし喜んでもらえない(困らせる)とわかったので、褒めるのをやめた。もう見返りは求めない。

「なので、心の中で褒めることにした」

と説明すると、またキモイと言われてしまうから難しい。

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