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[日記2009年03月22日(日)に思った生活のこと

誰がために警報は鳴る

誰がために警報は鳴る

夜中、アパート前の駐車場から警報が鳴り響いた。

車の盗難防止システムの警報だ。鍵のかかった車に人が近づいたり、揺れを感知すると大音量の警報が鳴るのだが、敏感すぎて誤作動を起こすことがある。この車が、ときおり誤作動を起こすことは周知の事実だった。

すぐ鳴り止むかと思ったが、なかなか止まらない。うるさいなぁ。
車の持ち主は近くにいないらしい。寝るには早い時間だが、寝ていてもおかしくはない。もし寝ていたり、あるいは外出中だったら、この警報はいつ鳴り止むのだろう? バッテリーが切れるまでか?
うぎゃー、誰か止めてくれ~。

(あるいは、車上荒らしかもしれない)
ふと、誤作動でない可能性を思いついた。
車上荒らしだとすれば、見に行くのは危険だ。まぁ、こんな警報が鳴ったのでは、車上荒らしはもう逃げているだろうけど。
そこでまた気づく。
車上荒らしも、持ち主もいないとすれば、この警報は誰のために鳴っているのだ?

もし車上荒らしだと確認できたら、私は警察に通報するだろうか?
若いころは事件や事故を通報したこともあるが、第一発見者になると調書がうざい。なるべく犯罪に関わりたくない。「誰かが通報するだろう」と、しばらく様子を見ちゃうかもしれない。アパートの住民がみな同じ考えなら、全員が犯罪を見ていたが、誰も通報しない可能性もあるわけだ。シュールな話だ。

つまるところ盗難防止システムの警報は、車上荒らしを驚かすため、そして持ち主を気づかせるために鳴るのであって、地域住民の耳目を集めることは副次的要素なのかもしれない。

そう結論が出たところで、警報が止まった。
どうやら持ち主が気づいて止めたようだ。やれやれ。

学校や公共施設で火災警報が鳴っても、すぐ逃げ出したり、机の下に隠れる人はいない。
「誤作動だろう」「避難訓練かな?」と解釈し、周囲が動き出す(危険が目に見える)まで動けない。あの状況によく似ている。

警報の意義を問われるような出来事だった。

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