日記  2010年01月09日(土) に思った 社会 のこと

たかが言葉づかい、されど言葉づかい

たかが言葉づかい、されど言葉づかい

テレビを見てると、女性タレントの言葉づかいの悪さに幻滅することが多い。

年上の男性にタメ口をきき、粗野で攻撃的な言葉をぶつけ、ゲハハと笑う。「女性らしさ」は欠片もない。せっかく容姿に恵まれているのに、残念だ

言葉づかいには、その人の内面があらわれる。私は言葉づかいフェチなので、女性らしい言葉づかいに接すると胸がキュンとなる。逆に、荒っぽい言葉づかいに触れると萎える。私の女性に対する好感度は、外見上の美醜より、言葉づかいによって決まっている(静止画をのぞく)。
昨今、女性らしい言葉づかいが減ってきたのは嘆かわしいことだ。

「女性らしさ」がどうのと発言すると、すぐ「女性蔑視」とか「封建的」と批判されてしまうが、それは誤解も甚だしい。「らしさ」は自由を抑圧するものではない。社会の一員として学ぶべきものであり、ひいては自分を守ってくれる。

たとえば、男を「男らしく」育てないと、おとなしく、内向的な人物になってしまう。しかし新しいことや、困難なことに立ち向かうには、生物学的に男の方が向いている。体格に恵まれているのに人助けしない青年や、雨に濡れる妻や子をさしおいて自分だけ傘をさす夫を想像すればわかるだろう。男らしくない男が増えると、社会がチグハグになる。

「女性らしさ」は、美貌が衰えても多くの人に愛されるための作法だと思う。一朝一夕には身につかない。だから子どものころから、何十年もかけて習得するのだ。
わがままで、ぞんざいで、下品な女性が許される条件は、きわめて限定される。そして人生は長く、いろんなことが起こる。「女性らしさ」を軽く見ると、損すると思う。

てな話をR子にしたところ、こう切り替えされた。

「男が女を甘やかすからじゃないですか?」

えーーーーッ?
それさえも、男の責任ですか!
「女性らしさ」を求めたら怒るのに?

食虫植物も肥料をやりすぎると、虫を取らなくなるそうだ。

平等や無条件の愛が、人間を駄目にするのかもしれない。

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