日記  2010年01月13日(水) に思った 社会 のこと

[報道・教養] NHKクローズアップ現代「変わる巨大メディア・新聞」 / 新聞は消えてもいいが、ジャーナリズムは残ってほしい

[報道・教養] NHKクローズアップ現代「変わる巨大メディア・新聞」 / 新聞は消えてもいいが、ジャーナリズムは残ってほしい

NHKクローズアップ現代で、新聞社の危機が取り上げられていた。

NHKクローズアップ現代「変わる巨大メディア・新聞」

アメリカで新聞の廃刊が相次いでいる。インターネットの普及と不況が原因だ。新聞社が消えると、ジャーナリズムの空白が埋まれ、汚職や選挙違反の増加が懸念される。しかし新聞社に公的資金を投入し、いわば国営化することにも疑問がある。
インターネット時代の新聞社、あるいはジャーナリズムはどうあるべきか?
2010年1月12日(火)放送

そう遠くない未来、紙媒体としての新聞が役目を終えることは、もはや避けようがない。情報伝達においても、広告媒体としても、新聞よりネットの方が効率的だからだ。紙でネットに勝つのは不可能だし、ネットともに生きていくことも難しい。
下記のコラムが参考になる。

私は日本の新聞社(記者)に懐疑的だ。彼らはべらぼうな高給取りでありながら、事実の中継や、思想的な誘導ばかりしている。ジャーナリストの仕事は、たとえば記者会見を中継することではなく、その中から注目すべきポイントを整理したり、伏せられたことを指摘することだろう。
そう考えると、日本の新聞社(あるいは報道機関)がジャーナリズムとして機能しているかは疑問がある。酒井法子を無数のカメラで追っかけまわすことは、ジャーナリズムではない。
このあたりは、下記コラムが参考になる。

問題は新聞社を存続させることではなく、ネット時代に即した「新しいジャーナリズム」を構築することだ。そのビジネスモデルが成り立たないなら、公的機関にするのもいいだろう。「それでは国の支配を受ける」と言うなら、検察や裁判官も成り立たない。むしろ、「不買」という民意から解放されて、権力として暴走する方が怖い。
ジャーナリズム(メディア)を三権分立に組み込むような変化が、求められているのかもしれない。

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