日記  2010年01月28日(木) に思った 生活 のこと

マイナスの幸せ

マイナスの幸せ

なにかを得たときだけでなく、なにかを失ったときにも幸せを感じることがある。

たとえば、ずっと欲しかったアイテムが絶版になったとき、「もう手に入らない」と嘆くとともに、「もう悩まなくていい」と解放感を味わうことがないだろうか?

あるいは、大切にしてきた思い出の品を壊しちゃったとき、「元に戻せない」とショックを受けるとともに、「置き場所や手入れをしなくても済む」と思ったりしないだろうか?

多くの幸せは、なにかを得ること、つまり「プラス」によって生じている。しかし排泄に快感が伴うように、なにかを失ったとき、捨てたとき、あきらめたときにも、幸せを感じることがある。いわば、マイナスの幸せだ
おそらく、マイナスの幸せを感じるのは、前頭葉が発達した人間だけだと思う。

私はこれまで2度、解雇されている。いずれも愛社精神をもって働いていたので、解雇されたときはショックだった。ところが3日もすると、解放感の方が強くなってくる。

もう出世や昇給について悩むこともない。
「もしかしたら改善されるかも?」と期待することもない。
文句を言いながらも働きつづける自分を誤魔化すこともない。

もちろん、生活費や将来の不安はあるが、それは働いているときも同じ。わずかに希望が残っているより、完全な絶望の方が救いがある。あの爽快感は、人生でもそう何度もない経験だった。

なにかを得たり、欲望を満たすと、それを維持するために精神力を使うことになる。ふだんは意識してないが、その疲労はけっこう大きいみたい。だから失ったときに解放感があるのだろう。
ちょっと想像してみよう。

  • 大切にしていた本棚がすべて消えてしまう。 →部屋が広くなる。
  • 自分の才能について、神さまが「見込みなし」と断言してくれる。 →人生の使い道が変わる。
  • 好きになった異性が、絶対に振り向いてくれないことが判明する。 →気にしなくて済む。
  • 給料や待遇がこれ以上よくならないことが、ハッキリする。 →あわい期待に惑わされない。
  • 今いる会社を辞めたら、絶対に転職できないことが、ハッキリする。 →仕事に集中できる。
  • 自分の寿命が、あと3年しかないとわかる。 →やりたいことを最優先にできる。

厳密には、マイナスの幸せなどない。
それはもちろん、わかってる。

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