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[日記2011年01月22日(土)に思った政治のこと

尖閣ビデオ流出がもたらしたもの

尖閣ビデオ流出がもたらしたもの

 尖閣ビデオを流出させた海上保安官が、起訴猶予となった。

 起訴されなかったことは僥倖だが、起訴されなかったゆえに、事件の背景が公式に議論されることもない。これで事件は終わったのか? 職を失った保安官には気の毒だが、これ以上の掘り下げはないだろう。

 事件が起こった当初、これは一種のテロだと思っていた。しかし状況がわかってくると、おかしいのは映像を流出させた犯人ではなく、映像を「機密扱い」した政府の方だと気づく。北朝鮮の不審船への射撃映像は公開して、中国漁船にぶつけられた映像を秘匿する根拠はない。ごく一部の人が勝手に決めた機密保持は、公共の利益より優先されるのか? この事件が投げかけた問いかけは深い。

 流出によって明らかになった事実は多いが、なかでも気になるのはマスコミの対応。
 本来、政府の不正を暴くのはマスコミの仕事だが、本件では後手に回りっぱなし。第一報もニュースよりTwitterの方が早い始末。保安官の顔を撮影しようと警察署を張り込むより、ほかにやるべきことがあるだろう。
 本件に対し、マスコミは姿勢を決めきれなかったように見える。政府批判はいつもどおりだが、保安官を擁護したり、事件の背景が議論することもなかった。もし、ビデオがテレビ局に持ち込まれていたら、ちがった展開になったかもしれない

 Wikileaksについても同じで、マスコミは擁護も批判もしていない。擁護すれば法に反し、批判すれば自分たちの首を絞めるからか? ふだん「国民の知る権利」を声高に訴えるマスコミが、保安官やWikileaksの行動を応援しないのはおかしいではないか?
 あるいはマスコミは、自分たちが介在しない大衆伝達を認めないのか?

 保安官もWikileaksも、情報を取得した人ではなく、仲介者だ。その共通項は、既存の大衆伝達システム(新聞、テレビ)を使わなかったこと。手法の是非はともかく、国民の知りたい欲求とリンクしたとき、その影響力は大きいことがわかった。尖閣ビデオ流出事件はこれで「手打ち」となったが、同じような流出(漏洩)は今後もあるだろう。

 もしかすると、事件について論じるには時間的な距離が必要かもしれない。たとえば十年後に振り返ると、これらの事件は大きな意味を帯びていると思う。

元海保「なぜ公開許されない」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1476780&media_id=4

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