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[日記2011年06月11日(土)に思った政治のこと

冷静な市民活動は脱原発を成し得るか?

冷静な市民活動は脱原発を成し得るか?

今は脱原発を訴える時期じゃないと思う。

各地で脱原発デモが開催され、管首相は自然エネルギーの全量買い取りを制度化しようと躍起だが、そんなことをしている場合じゃないだろう。フクシマ原発は収束せず、被災地は除染されず、仮設住宅も足りず、行方不明者の捜索さえ済んでないのだ。全エネルギーは復興に注ぐべきだし、復興に協力しづらい人は節電を考えるべきだ。未来の話なんて、そのあとでいい。

私も脱原発を支持するが、いまヒステリックに騒ぐのは逆効果だ。日本人は1つの問題を長く考えられない。一気に盛り上がれば、一気に興味を失い、なし崩し的に官僚に支配されるだろう。脱原発は数十年かけて、地道に、科学的に進めなければならない。過激なダイエットで健康を損なうのは愚か者だ

しかしデモが無駄とも言えない。科学的データがあって、多くの賛同者がいて、長い時間をかけて、冷静に訴えても、官僚のごり押しを止めるのは難しい。大騒ぎしても解決しないが、黙っていても解決しない。このへんのさじ加減が難しい。
あるいは、激しすぎるデモなら、官僚も適当なところで譲歩するかもしれない。つまり、極論(原発は神)に極論(原発は悪魔!)をぶつければ、科学的な解決策(リスクとメリットの最適化)が見つかるってわけだ。
本当に? 本当だとして、それでいいのか?

冷静な市民活動こそが実を結ぶと信じられないのは、情けないことだ。身の危険を感じるまで官僚が態度をあらためないなら、テロのみが世界を変えることになる。

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