日記  2011年06月27日(月) に思った 科技 のこと

iTunes in the Cloud発表 / 本格的にモノをもたない時代へ

iTunes in the Cloud発表 / 本格的にモノをもたない時代へ

 Appleがクラウドサービス「iCloud」を発表した。

 DropBoxの機能をOSが提供するわけで、魅力的ではあるが、驚きはない。容量も5GBしかないしね。注目すべきは、アメリカ限定でスタートする「iTunes in the Cloud」であろう。このサービスによって、モノを買う(所有する)ことの意味が問い直される。
 「新しい時代がはじまった」、あるいは「古い時代の終わりがはじまった」と思ったね。

iTunes in the Cloud

 iTunes in the Cloudは、iTunesの音楽ライブラリを共有し、どのデバイスでも聴けるようにするサービス。しかし音楽ライブラリのすべてを共有する必要はない。マスターデータと合致する楽曲はコピーせず、マスターを参照する仕組みになっている。
 なるほど、いい考えだ。自分の楽曲といっても、自分で歌ったり、演奏したものじゃない。ある楽曲を100万人が聴いていたら、その100万個のファイルはすべてマスターからのコピーだ。重複コピーでクラウド領域を埋め尽くすことはない。

買ったことにしてあげる

 驚くのはここから。なんとCDからリッピングした楽曲も、マスターと照合できればiTunes Storeから買ったことにしてくれるそうだ。すごーい!
 実際、「iTunes Match」でどれほど照合できるかわからないが、Appleが管理する楽曲が増えれば増えるほど、音楽ライブラリの楽曲は減っていくだろう。最終的には、やたら古い楽曲、やたらマイナーな楽曲、そして自分で吹き込んだ楽曲だけが残る。これなら、5GBで同期できるだろう。
 友人からもらったCDをリッピングして、正規購入者と同じ扱いを受けられるなら、ちょっとしたロンダリングだね。使ってないからハッキリしたことは言えないけど。

抵抗感はあっても、慣れるだろう

 自分の音楽ライブラリを明け渡すことには、もちろん抵抗感がある。しかしどの楽曲を、どのくらいの頻度で聴いているかは、すでに「Genius」で筒抜けだ。今さら気にすることではない。
 私たちはレコードからCDに移るときに「音質」を、CDからリッピングするときに「手で触れること」をあきらめている。「ファイルとして存在しない」ことにも、すぐ慣れるだろう。大きな利便性が相手では、感傷的な抵抗など無意味だ
 SF的に考えれば、不安もある。たとえば、不都合な楽曲が視聴できなくなる可能性はある。テレビでも、不祥事を起こしたタレントは画面から抹消される。あたかも最初から存在しなかったように......。
 まぁ、私たちの世代でそんな「統制」が実施されることはないだろう。あるとしたら、次の世代だ。

所有とは

 音楽好きのK先輩は、部屋を埋め尽くすほどのCDをもっていた。本棚も2段重ねで、もはや取り出せないCDも多い。音楽を聴くことより、CDを買って並べることが好きだったようだ。そんな先輩の悩みは、部屋の容積に物理的限界があることだった。
 iTunesの登場は、そんな悩みを吹き飛ばした。iTunesにリッピングすれば、12cmの円盤を残しておく必要はない。CDは、音楽屋から自分の部屋まで楽曲を運ぶメディア(入れ物)だ。リッピングが済めば、中古屋に転売するか、ゴミ箱にポイすればいい。
 iTunes in the Cloud が上陸すれば、CDの価値はさらに下がる。リッピングするときは、CDを「オリジナル」と呼んでいたが、iTunesのマスターにアクセスできるなら、CDはコピーの入れ物でしかない。マスターにアクセスできたら、リッピングデータも消す。残るのは「権利」のみ。これが新しい音楽鑑賞スタイルなのだ。
 先輩には何年も会ってないけど、いま、部屋はどうなっているんだろう?

 音楽を聴く楽しみと、モノを所有する喜びは、必ずしも合致しない。今後もCDを愛する人はいるだろう。レコード蒐集家と同じように。しかし世の趨勢は、クラウドに移っていく。
 「新しい時代がはじまった」、あるいは「古い時代の終わりがはじまった」のだ。


アップル、無料のクラウドサービス「iCloud」発表、iOS 5の一部として提供
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1628970&media_id=87

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