日記  2011年07月13日(水) に思った 娯楽 のこと

[アニメ] 魔女の宅急便 / ジジはしゃべってなかった!

[アニメ] 魔女の宅急便 / ジジはしゃべってなかった!

 『魔女の宅急便』の黒猫ジジについて、興味深い書き込みを見つけた。

 出展不明だから真偽はわからないが、ハンマーで打たれたような衝撃があった。宮崎駿監督のセンスはすごい。あらためて感動した。

映画公開時に宮崎監督のトークショーが福岡でありました。
私はたまたま参加できたのですが、そこで「なぜ、最後にはジジの言葉がわからなくなるの?友だちがいなくなってキキがかわいそう。」という質問があり、監督の答は「ジジの声はもともとキキ自身の声で、キキが成長したためジジの声が必要なくなった。変わったのはジジではなくキキ。」というものでした。

 そうか、そうだったのか!
 あらためて見なおすと、たしかにジジはキキとしかしゃべっていない。魔女のお母さんや先輩とも言葉は交わしていない。キキだけ。ジジは人語を解するとしか思えない行動をするけど、キキしか見ていない。

 たとえば冒頭、今夜出発すると聞いたジジはぐずって、キキに叱咤される。これはジジがキキの迷いを代弁し、それを打ち消すことで決意を固めていると解釈できる。
 鳥たちの言葉をジジが教えてくれるシーンも、キキの根拠の無い直感を代弁しているのではないか? 自分が言うのは気が引けるが、猫が言うなら恥ずかしくない。
 ジジは最初からしゃべっていない。
 ジジとの会話は、キキの妄想だった。

 ふるさとのキキは万能感(なんでもできる)に浮かれていた。愛情ある家庭に育ち、近所の子どもたちに慕われ、自分の才能と可能性に絶対の自信をもっていた。しかし社会に出ると打ちのめされ、無力感(なにもできない)に囚われる。自分を信じられないと、猫(自分)と会話することもできない。よゆうがない。
「魔法がなくなったら、なんの取り柄もなくなっちゃう!」
 職能(アイデンティティ)を失う恐怖は大きい。そんなキキを支えてくれたのは、仕事で知り合った人たちだった。自分にできること/できないことを学んだキキは、大人になった。もう架空の支えはいらない。しゃべらなくなったけど、ジジとの友情は残った。

 そういえば、オープニングですれ違う先輩の魔女(修行中)も黒猫を連れていた。だけどお母さん(ベテラン)にお伴はいない。「猫と会話できなくなる」ではなく、「猫と会話する必要がなくなる」ことが、一人前の魔女の証かもしれない。

 まぁ、ただの猫が置物のフリをするわけがないけどさ。そのへんは映画的な演出ってことで。

 振り返ると、トンボは最後まで子どもだったね。万能感(なんでもできる)に浮かれたまま。少年より少女が先に大人になるのか、それだけ「仕事」がもたらすものは大きいのか。

 あぁ、もう!
 『魔女の宅急便』は大好きな映画なのに、すっかり見落としていた。

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