日記  2011年10月21日(金) に思った 政治 のこと

政治について話そう

政治について話そう

家族や知人と、政治について話した方がいいかもしれない。

私の世代は、政治についてアレコレ意見を言うことは、あまり好ましくないと教育されてきた。うかつな発言をすれば、やれ右翼だの、やれ左翼だのと非難されるからだ。特定の政治家や政党に肩入れすると、不祥事があったときに責任の一端を負わされそうだった。

いわゆる「ノンポリ」だが、政治に関心がないのではなく、偏狭な人たち(セクト)に攻撃されるのを忌避したい。そういう意味では、「ノンセクト・ノンラジカル」と言うべきか。

ともあれ日本は経済成長をつづけていたので、ノンポリで問題なかった。しかし多くの人が政治に距離を置いた結果なのか、日本の迷走はきわまった。無関心は、現政権への賛成になる。このまま無関心で居続けることは、自分の将来を暗くするだけだ。

実家の母は、フジテレビへの抗議デモを知らなかった。

「え? なんで? どうしてテレビ局にデモしたの?」

私は唖然とした。当然、テレビ局の偏向や言葉狩りなどの横暴も知らない。ネットがどんなに沸騰しても、新聞とテレビしか見ない母には届かない。一般世論は、テレビと新聞に支配されている。だから平気で事件を黙殺できるのだ。

うちの母と妹は民主党に投票していた。まぁ、2009年当時のマスコミは民主党を絶賛しまくっていたからなぁ。最近は、さすがに最近は民主党に辟易していたが、それもテレビの影響だ。つまり、次の選挙もマスコミに誘導されるかもしれない。

このままでいいはずがない。私は母にネットでニュースを見る方法を教えた。読んでほしいサイトやブログはたくさんあるけど、それはもう少し先だ。

私は、政治的な主義主張を押しつけてくる人は嫌いだ。だから私も、他者に押しつけたくはない。民主党が好きで好きでたまらない人は、次の選挙でも投票すればいい。しかしそうやって「他人は他人」「個人の自由」と放っておいた結果が現在ならば、せめて未来は変えたい。

私たちが政治について、いまできることは、ネットで文句をつぶやいたり、(ネットに使い慣れた)友人たちと愚痴ることじゃない。ネット人口は増えたが、有権者の総数から見ればごくわずか。それよりネットに接続していない一般世論の人たち──たとえば田舎の親族──と政治について話したり、情報の窓を開くことが大事なのではないか。

    目隠しされた人々を解放せよ!

こんなことを言うと、全共闘の闘志たちとあまり変わらないかもしれない。しかし成熟した大人なら、議論の果てに決裂しても得るものはあるだろう。

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