日記  2012年04月20日(金) に思った 哲学 のこと

[報道・教養] 100分 de 名著 新渡戸稲造 『武士道』 / 素晴らしき日本の精神世界

[報道・教養] 100分 de 名著 新渡戸稲造 『武士道』 / 素晴らしき日本の精神世界

 録画しておいた100分 de 名著 新渡戸稲造 『武士道』 (全4回)を見た。

 「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の一節が有名な『葉隠』ではない。『Bushido: The Soul of Japan(武士道)』は、日本人の徳目を流麗な英語で解説した名著。書いたのは、新渡戸稲造。5千円札の肖像になっている人物だ。恥ずかしながら、私は新渡戸の功績を知らなかった。学校は大切なことを教えてくれない。
 『武士道』が書かれた1900年(明治33年)は、日清戦争で日本が勝って、日露戦争がはじまる前だ。当時の日本は、欧米から奇妙で、冷酷で、野蛮な民族と思われていたが、本書によって誤解の多くが払拭されている。世界の人々は本書によって日本を学んでいるのに、日本人が本書を知らないなんて、自分の名札が読めないようなものだ。

日本人はどうやって道徳を学ぶか

 欧米人は宗教によって道徳を学ぶが、日本には宗教教育がない。では、日本人はどうやって道徳を学ぶのか? その答えが武士道である。武士道は武士(=少数の職業軍人)の規範だが、長い年月をかけて日本人全体に浸透している。
 武士道には7つの徳目がある。義、礼、忠、仁、信、智、勇。それらの最上位にあるのは「忠」だ。「忠」は、目上の者に服従する心だが、決して追従ではない。目上の人がまちがっていれば、いのちを賭けてこれを止める。つまり「忠」より大切なことがあるわけで、本書はそれを「名誉」であると解いている。

名誉の背景

 番組で紹介された徳目の相関図がおもしろかった。スクリーンショットが見あたらなかったので、PowerPointで書き起こしてみた。
 すべては名誉のため。名誉のためなら死ねる──。
 名誉の裏には「恥」がある。名誉を求める心と、恥を恐れる心は、表裏一体だ。そして恥の背景には「世間」がある。つまるところ武士道は、世間体を気にする心に立脚しているわけだ。

武士道の光と影

 明治維新後の日本の驚異的な発展は、世界から劣等国と見下されることを恥とする武士道の精神がもたらしたのだろう。また武士道が全日本人に浸透していたからこそ、『坂の上の雲』で描かれるような、自己と国家を同一視する国民国家が現出した。そう考えると、すとんと納得できる。
 だが、いことばかりじゃない。名誉を偏重することによって、生命が軽く扱われたり、周囲に迎合する気質も醸成された。感情を表に出さない。自分を殺す。武士道のマイナス面も掘り下げるのは興味深い。このあたり、原書に書かれていることなのか、解説者の解釈なのか。

グローバルスタンダードに染まる前に

 近ごろは、日本人の駄目なところばかり目についていたが、武士道の精神を学ぶにつれて考えが変わった。日本人に脈々と受け継がれてきた精神世界は、マイナスの部分があることは認めても、世界に誇れるものがある。むしろ恥ずかしいと思える行為──責任をとらない、ごますり、開き直りなど──は、近代化によってもたらされたものじゃないか。
 グローバルスタンダードをありがたがる前に、私たちは私たちの根っこを誇るべきだろう。

 しかし武士道に感動した、なんて言うと、いろいろ誤解されるんだろうなぁ。
 新渡戸の時代とはちがった意味で、武士道は誤解されている。とりわけ日本人に誤解されているようだ。

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