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[日記2012年12月07日(金)に思った娯楽のこと

[ゲーム] Minecraft TFCraft(TerraFirmaCraft)体験 / オンラインで歯車になる!

[ゲーム] Minecraft TFCraft(TerraFirmaCraft)体験 / オンラインで歯車になる!

 オンラインゲームの楽しみ方が変わったのだろうか?

 嫁がMinecraftのマルチプレイに参加するようになって、その画面を横から見ているのだが、歯車のように働くプレイヤーが多いことに気づいた。オンラインゲームと言えば、我の強いプレイヤーが足を引っ張り合うものと思っていたので、驚いた。
 私が見てる範囲で起こった特別な現象かもしれないが、おもしろかったのでメモしておく。

ロールプレイの難しさ

 私自身はオンラインゲームをまったくやらないが、熱中している友人は多く、いろいろ話を聞かされる。その中でも興味を引くのは、ロールプレイの難しさ。テーブルトークでは「役柄になりきって演技すること」が主体となるが、オンラインゲームでは「期待される役割を実行すること」になる。
 たとえば、デバッファーならデバッファーに徹するべきで、むやみにアタックに参加すべきじゃない。「できる」「やりたい」と、「期待されていること」は異なる。オンラインゲームにおけるトラブルの大半は、自己中心的なプレイヤーが招いているそうだ。

 個性をおさえて、集団の利益に資する。

 なんだか現実社会と変わらないなぁ、と思った。

歯車になりたい人たち

 ところが嫁が参加したゲームでは、みな個性をおさえ、集団における役割をまっとうしていた。リーダーの指示に従って、一斉に山を削り、谷を埋めていく。「これがやりたい」「これをやるべき」と意見を具申することもないわけではないが、きわめて少ない。リーダーの指示が追いつかない場合でも、全体の流れを見て必要な行動をとっているように見える。

 たとえば、先日嫁が参加した「TFCraft」では、2時間も河原で砂利を漉していたプレイヤーがいた。細かい説明は省くが、単調な作業である。わざわざマルチプレイに参加してやることじゃない。会社でいやなことでもあったんだろうか?
 その人は飛び抜けていたけど、ほかのプレイヤーも似たり寄ったり。寡黙で、従順で、求められていることを先回りして、ていねいに仕上げていく。ピクミンのようだ。仕事の部下にほしいよ。

逆ネット弁慶か?

 ここから先は想像だけど、オンラインで従順な人たちも、現実ではそこまで従順ではないように思う。たとえば、会社で「行くな戻るな居座るな、寝るな起きるな立つな座るな」みたいな無理難題に振り回され、その鬱憤を晴らしているんじゃ無かろうか。

 歯車になることは、それなりに気持ちがいい。

 無心に土を掘ると、心がおだやかになる。写経みたいなものだ。
 人間は、本質的には仕事が好きな動物だ。しかし現実の仕事はノイズが多いため、喜びを享受できない。カネのためでもなく、評価のためでもなく、自分のためでもなく、ただひたむきに仕事をする。それができるのは、オンラインゲームだけかもしれない。

明日世界が終わるとしても、私は今日リンゴの木を植える

 嫁が参加するマルチプレイは、ニコニコ動画の生放送で配信されているものばかり。つまり生放送を見ていると、画面にちらちら嫁のキャラクターが見えるわけだ。数千人が視聴するゲーム実況で、ひたすら土木工事が進められる。

 ちなみに放送終了後、ワールドデータは削除される。なにも残らない。無意味な作業だが、手を抜いたり、目立とうとするプレイヤーまったくいない。BANされているのかもしれないが、とにかくいない。みんな、修行僧のようだ。

 あるいは生放送されているから、襟を正して作業してるのか? いっしょにいるのは少人数のパーティだが、数千人が見ていると思えば、うかつなことはできない。しかし我慢するためにログインするのもおかしい。

 数十名のプレイヤーに混じって、嫁も黙々と作業する。他人のサーバで、数時間後には消えてしまうワールドで、リーダーや視聴者の評価も求めず、ただひたすら作業する。
 なんのために? というか、なんなの、これ? なんか、おかしくない?
 嫁は宗教にはまってしまったのか?

 わかるような、わかりたくないような。
 これが最近のオンラインゲームの風潮なんだろうか?

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