日記  2012年12月21日(金) に思った 健康 のこと

私が薬を嫌うわけ

私が薬を嫌うわけ

 私はなるべく薬を飲まないようにしている。

 薬への不信感もあるが、薬の効果を最大限に引き出すためと考えている。むやみに薬を服用すると、いざってときに効かなかったり、強い薬が必要になる。
 私は、「人体が一生のうちに使える薬の量は決まっている」と思っている。だから無駄遣いしたくないのだ。

フロイトの末期

 そう思うようになったキッカケは、中学生のころに読んだジークムント・フロイト(1856-1939)の伝記だった。

 晩年、フロイトはガンを患うが、痛み止めのモルヒネを拒否しつづけた。モルヒネを多用すると効果が弱まり、中毒になると知っていたからだ(中毒で友人を亡くしている)。フロイトは痛みに耐えて治療をつづけるが、もう見込みがないとわかったとき、モルヒネを打ってもらい、まったく痛みのない安楽死を選択したそうだ。

 このエピソードに衝撃を受けた私は、とにかく薬を飲まないようにした。とりわけ痛み止めは絶対に服用しないと固く誓った。

17歳の現実

 1988年。高校2年の夏、私の右足に骨軟骨腫(外骨腫)が見つかって、手術で除去することになった。手術した夜、麻酔が切れると猛烈な痛くなった。肉を切られ、骨を削られたのだから、痛むのも当然だった。
「痛かったから、ボタンを押してくださいね」
 そう、看護婦さんに言われていたが、私は耐えた。絶対に耐えてやる。歯を食いしばって、ベッドの中で身もだえした。
(痛み止めなんか存在しない。世紀末だと思え!)
 自分に言い聞かせたが......駄目だった。

 22時、私は白旗を揚げ、痛み止めを打ってもらった。痛みが消えて、眠れるようになったとき、私はうれしさと悔しさで泣いた。

 当時、『北斗の拳』がはやっていて、傷を負いながらも戦う姿をかっこいいと思っていたけど、まぁ、漫画だよね。瞬間的な痛みはアドレナリンでぶっ飛ぶけど、えんえん持続する痛みに耐えることは不可能だった。

その後の人生

 それでも私は、なるべく薬を飲まないようにした。「いざというとき」は簡単にやってくる。怪我したり、病気になってから耐えるのは無理だ。ならば、ふだんから避けるしかない。
 風邪薬を飲まないことで病状が悪化したこともある。薬が効きすぎて昏倒したこともある。
 どの薬を避けて、どの薬を受け入れるか、正しく判断できているとは思えない。薬を飲まないことで、自分の人生が豊かになっているかどうかも、自信がない。でも、考えを変えるつもりはない。

 一度負けたことで、意地になっているのかもしれない。

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