日記  2013年01月29日(火) に思った 娯楽 のこと

ゲームが終わるとき

ゲームが終わるとき

 『にゃんこ大戦争』のラスボスを倒して、やることが無くなった。

 まだ全パラメータを最大にする余地はあるものの、倒すべき敵がいない状態では意味がない。ゲームは終わった。喜ぶべきことなのに、なんだか虚しい。こんなことならラスボスを倒さなければよかったのか?

 あらゆるゲームは、いつか、終わる。エンディングがなくても、エンディングに到達できなくても、プレイヤーが飽きたり、満足したり、投げ出したり、興味を失ったところで終わる。いずれにせよ自由意志でピリオドを打てる。逆に、忙しくてやるヒマがないとか、攻略法がわからないといった外的要因に阻まれているかぎり、ゲームは終わらない。
 しかしプレイヤーの気持ちが終わる前にゲームが終わってしまうと、やるせなくなる。困ったもんだ。

 本や映画も終わるけど、ゲームのように悩むことはない。本や映画と違って、ゲームは「すべてを味わう」ことが重要ではないからか。

 お金を払っていると、払った分は楽しもうと思う。無料アプリだと、そうした気負いはなくなるが、「このくらいやればいいだろう」という基準もなくなるため、かえって見切りをつけにくいかもね。

 まぁ、未練たらしくリプレイしても仕方ない。
 次のゲームをやろう。

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