日記  2013年02月05日(火) に思った 科技 のこと

[ゲーム] Minecraft 攻防戦 FlagTournament 練習試合 / 見るとやるは大違い

[ゲーム] Minecraft 攻防戦 FlagTournament 練習試合 / 見るとやるは大違い

 ゲーム観戦はおもしろいが、観るだけじゃわからないこともある。

 まぁ、本来ゲームは自分でプレイするものだから、当たり前と言えば当たり前。要するに、主観と客観を切り替えることで、わかることも多いって話だ。
 こうした経験は、戦争の悲惨さ(平和の尊さ)を理解させるのに最適かもしれない。主観視点でバリバリ戦っているときにはわからないこと、地図を眺めてコマを動かしているときにはわからないことがあって、その落差を知ることは、生きる上でとても重要な気がする。

2月2日 Minecraft DOTAにて

 「Minecraft DOTA」大会で、有名な生主2名(大将&きの)が敵味方に分かれて対戦することになった。Minecraft DOTAは、やみくもに戦って勝てるゲームじゃない。現場の連携プレイや、リソース配分の戦略が求められる。
 主催者視点で俯瞰すると、なにやら思惑がありそうな動きが見て取れるのだが、なかなか趨勢が決まらず、2時間以上の長丁場になった。
 さすが実力者同士の戦いはちがう。と思ったが、それぞれの中継画面を見ると、なんの作戦も指揮もないまま、行き当たりばったりに戦っていたことが判明した。なにやってんのッ!
 生主2名に落ち度はない。彼らは実況が得意なだけで、戦術、戦略、指揮に通じているわけじゃない。そもそも彼らをリーダーとする取り決めもない。なんとなく期待しちゃっただけだった。

 こうした行き違いは、たぶん、戦時中もたくさんあったんだろうな。あるいは、現実の職場でもよくある話か。戦争のように死傷者や、仕事のように損失が出るわけじゃないが、学ぶべきことは多い。つまり、指揮が得意な人間は、そうそういないって現実だ。

2月4日 Minecraft FlagTournamentにて

 スポーツ観戦している人は、全体が見えるから問題点がよくわかる。テレビ中継を観ながら、「ちゃんと連携しろ」とか「もっと頭を使え」と文句を言うファンは多い。しかし自分がマウンドに立てば、理想的な動きがいかに難しいか、よくわかるだろう。
 プロのマウンドに立つのは難しいが、ゲームなら可能だ。

 どんぼこ氏のゲームは人気があるため、なかなか参加できない。しかし予定外のイベントがあって、参加することができた。「Minecraft FlagTournament」をはじめとするチームバトルをいくつか体験できた。

 マップを俯瞰していたときや、他人のプレイ実況をうしろから観ていたときとは、まるでちがう。周囲の状況はまったく見えず、見えても頭に入らず、したがって単純な特攻を繰り返してしまうのだ。戦場に送り込まれた新兵が、びっくりするほど果敢に戦ってしまう気持ちがよくわかる。日露戦争の旅順攻囲戦も、こんな空気だったのか。

他者がいる戦場

 「戦場」に立つと、人は舞い上がる。事前に用意したルールや作戦、道具はまるで使えなくなる。馬鹿になるのだ。「戦場」ってなんだ? シングルプレイなら、もっと大規模な戦場でも、もっと過酷な戦闘でも緊張しない。やっぱり他者がいるとちがうな。
 スポーツ選手は、本番で馬鹿にならないよう訓練する。それでも本番で理想的な動きをするのは至難だ。ましてや訓練されてない選手や兵隊、ぺーぺー社員に、まともな働きができるはずがない。それを後方からやいのやいの言っても、なんら生産的じゃない。

 ゲームごときでなにを言っているのか。スポーツをやってる人なら常識か? しかし私にとっては、慣れたはずのゲームだからこそ落差を実感できた。
 マルチプレイは見るにせよ、やるにせよ、学ぶことが多いなぁ。もっと若いころに出会っていたら、いろいろちがっていたかもしれない。

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