日記  2013年02月14日(木) に思った 社会 のこと

しみじみバレンタインデー

しみじみバレンタインデー

 バレンタインデーとは、男が互いの「もてない度」を確かめ合う日である。

「チョコなんてほしくないもん!」
「リア充、爆発しろ!」
「コンビニ行けば、女の子がチョコを手渡ししてくれるぜ!」

 などなど、今年も怨嗟の声が飛び交っている。バレンタインデーに女の子からチョコをもらってニコニコするなんて、マンガの中ですら珍しい光景だ。男たちは、こぞって自分の不遇を訴える。自慢しあうと言ってもいい。定番の反応だ。
 実際には義理チョコの1つや2つはもらえるだろうが、やれ小さいとか、やれ心がこもってないと切り捨てる。私もそうだった。考えてみると、たいへん失礼なことだ。

 もし自分が女だったら、バレンタインを楽しめるだろうか?

 ハッキリわかる片思いの相手がいれば、そりゃあ奮起するだろうけど、そんなのまれだ。本気で恋しているわけじゃないが、憎からず思っている相手に、そこはかとない好意を伝えるなら、義理チョコはもってこいだ。
 そこはかとない好意! なんとありがたいことだろう。義理チョコに文句を言っていた過去の自分が許せない。いやまぁ、私がもらった義理チョコは100%ピュアな義理チョコだったかもしれないが。

 私が恋愛を語るのもヘンだが、いまの時代、恋の沸点が高くなりすぎているように思う。相手の欠点や将来の不安が気になって、恋するに値しないと切り捨ててしまうのだ。そのため、女性はなかなか本命チョコを送る相手を見つけられないし、男性はもらったチョコを素直に喜べない。自分はそこまで価値のある人間じゃないと気づくまで、尖った態度でチャンスを無駄にしていく。あーあ。

 ふりかえると、義理チョコをくれた相手に、もっと感謝すべきだった。しかし感謝しすぎると、「なに本気になってんの? キモイんですけど」とか言われかねない。いや、言われてもいい。むしろ、言われたい。言われて失うものなどなかった。私はキモイ男なんだから。

 こんな風に考えられるのは、自分が恋愛から遠ざかったせいかもしれない。

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