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[日記2013年03月29日(金)に思った社会のこと

ノミニケーションは前時代の遺物か

ノミニケーションは前時代の遺物か

 L氏と飲んだとき、ノミニケーションの話になった。

 若いころは飲まされてばかりだった。上司に誘われれば、断ることはもちろん、ためらう空気も許されない。返事は「はい」か「イエス」だった。しかし苦労したわりに、得るものはなかった。

ノミニケーション:部下として

 しかも上司がおごってくれるわけじゃない。傾斜配分とかで、ちょっと多めに払ってくれるけど、そもそも飲みたいわけじゃないから、うれしくない。終電がなくなった夜の街に取り残されることもしばしば。タクシー代もないから、ファミレスや路上で夜を明かし、そのまま出社した。上司との飲みはストレスが溜まる、金や時間を失う、体調を崩して仕事に支障が出ると、百害あって一利なしだった。

 馬鹿らしくて私はずっと距離を置いていたが、一念発起して、迎合することにした。やると決めたからには徹底的にやった。来いと言われて駆けつけ、飲めと言われて飲んで、歌えと言われて歌った。出世したかったわけじゃない。ただ、世の中の仕組みを知りたかった。

 しかし上司が異動すると、なにも残ってないことがわかった。

 移動した上司が仕事をくれるわけじゃない。社内の評価が高まったわけでもない。同じ店で同じ酒ばかり飲んでいたから、経験値も増えてない(酒の味がわからない)。まぁ、いくつかおもしろい話は聞けたけど、割に合わなかった。

 見返りを求めていたわけじゃないが、ここまでなにもないとは思わなかった。ノミニケーションを強要するような人物から、なにかを得られるはずがない。それは、やる前からわかっていた教訓だった。

ノミニケーション:上司として

 数年後、私は部下をもつようになった。当たり前のことだが、同じ船に乗った部下とは親しくなっておきたい。会社では話しにくいこともある。なので飲もうと声をかけるのだが、
(それって命令ですか?)
(行かないとペナルティはありますか?)
 って顔をされると、誘えなくなる。

 まぁ、私に人望がなかったせいかもしれない。あるいは私の考え過ぎだったかもしれない。イヤならイヤと、はっきり断ってほしいけど、そこを言わないところが巧妙なんだよね。

 部下と友だちになりたいわけじゃない。すべては仕事を円滑に進めるためだ。互いのことを知っておけば、トラブルを未然に防いだり、早く解決できる。友だちならドタキャンしても許せるが、部下とそういう関係になるつもりはない。
 「親睦を深める」という目的を、「友だちになりたい」と誤解されると、どうにもならない。告白してないのに、「ごめんなさい」と言われた気分だ。

 ノミニケーションで煮え湯を飲まされた私としては、強要したくない。
「私と飲むことは、きっと、きみの益になる!」
 そう言いたかったけど、言えなかった。自分に自信がなかったのか、その言葉に潜むうそに気づいていたのか。いつしか私は、「誘ってくれたら行く」というスタンスになって、自分からは誘わないようになった。よくない傾向だった。

ノミケーションは前世紀の遺物か

 若いころは、「30代になったらもっと飲むんだろうな」って思っていた。しかし20代より30代、30代より40代の方が飲まなくなった。これほど飲まなくなるとは思わなかった。飲まされた分、だれかを飲ませることもない。飲まされ損だった。
 繰り返す。強要されたノミニケーションは、百害あって一利なしだ。

 飲んで親睦を深めるノミニケーションは、有益な文化だった。しかし会社が社員の面倒を見なくなった現代は、もう成立しない。上下関係を悪用するバカ上司や、なんでもルールブックで解決できると信じるバカ部下が、それに拍車をかけた。将来、ふたたびノミケーションが復活するかもしれないが、私はそれを体験することはなさそうだ。

 そんな話をした。

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