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[日記2013年04月16日(火)に思った娯楽のこと

[特撮] がんばれ!! ロボコン / 特撮に学ぶ道徳

[特撮] がんばれ!! ロボコン / 特撮に学ぶ道徳

 久々に見た「ロボコン」がおもしろかった。

 ロボコンは「ロボットコンテスト」ではなく、『がんばれ!!ロボコン』(1974-77)、および『燃えろ!!ロボコン』(1999)のこと。一世を風靡した作品だから、知っている人も多いだろう。
 『がんばれ- 』放送当時、私は3-6歳だった。リアルタイムで見て、超合金で遊んだけど、幼かったのでよく覚えていない。 『燃えろ- 』放送当時、私は28歳だった。リメイクされたのは知っていたけど、何話か見た程度。
 あいまいな印象だったけど、ニコ生上映会とレンタルビデオで視聴して、整理できた。
 いやぁ、おもしろいッスよ、ロボコン。

映画「ロボコン」4作品一挙放送/人類vsコンピュータ特集

  • 1974-10-04 がんばれ!!ロボコン 第1話「おいらロボット ロボコンだい」
  • 1976-03-20 ロボコンの大冒険
  • 1999-01-31 燃えろ!!ロボコン 第1話「大当り!! ロボ根性全開」
  • 1999-12-31 燃えろ!!ロボコンVSがんばれ!!ロボコン

東映特撮ヒーロー THE MOVIE VOL.3

  • 1975-03-21 劇場版 がんばれ!!ロボコン
  • 1975-07-26 劇場版 がんばれ!!ロボコン ゆかいな仲間
  • 1975-12-20 劇場版 がんばれ!!ロボコン ムギョギョ!!食いねェ

【第9回MMD杯本選】がんばれ!!ロボコン
※出来がいいけど、ロビンちゃんはオリジナルの方がかわいい

どんな話?

 ある日、大山家に押しかけてきたロボコンは、お手伝いとして住み着いてしまう。
 ロボコンの夢は、人間に奉仕する立派なA級ロボットになること。そのため人の役に立つこと、人が喜ぶことをやろうとするが、おっちょこちょいだから失敗してばかり。それでも明るく元気で、決してあきらめないロボコンは、人々に親しまれていく。

 ロボコンと同時期に派遣されたロボットは全部で7体(ロボット学校一期生)。みな、それぞれ個性と欠陥がある。ロビンちゃんだけは完全無欠の優等生で、みなのアイドルだが、じつは人間と深いきずなで結ばれたロボコンを尊敬している。

 ロボコンたちの活躍は、毎週、ガンツ先生によって採点される。ガンツ先生はとても厳しく、どんな手柄を立てても前段の失敗で減点され、いっつも「0点」にされてしまう。ロボコンはがっかりするが、ガンツ先生の指摘によってロボコン自身も気づかなかったミスが明らかになることもあって、厳しいばかりでもない。

秀逸なデザイン

 デザインがいいよね。赤くて丸いフォルム。怒ると頭からスチーム噴出。目玉だけで百面相。エプロンを開けるとメカがぎっちり詰まってて、ピストンが動いている。燃料はガソリンだが、10リットルしか入らない。背中のプロペラで飛び、足を車輪に変えて疾走する。両手をまわして発電できるが、ガソリンを消費する。ゴキブリが苦手で、目にすると壁やドアを破壊して逃げまわる。
 リメイクされたロボコンは電力なので、ちょっと物足りない。ガソリンスタンドで勝手に給油するところがおもしろかった。

スポ根→ロボ根

 ロボコンは「ロボット根性」の略。もともとスポ根をロボットでやろうとしたことが発想の原点らしい。駄目人間が努力して成功するのは美談だが、ロボットは道具だから、成功するのが当たり前。しかもロボットが機能や計算じゃなく、根性で押しやぶろうとするのは、すごいアイデアだと思う。

 ストーリーも秀逸だ。多くの場合、ロボコンは根性をふりしぼっても、当初の目的を達成できない。「できなかったこと」が、「できるようになる」わけじゃないのだ。
 役に立たない道具に、存在価値はない。だけどロボコンは捨てられない。それはなぜか?

根性で成功する物語じゃない

 ロボコンが愚直に努力するから、まわりの人たちは考えてしまう。なにが正しいことなのか? ほかに方法はないのか? やがて人間の中で、目標設定が変わってしまうため、ロボコンがどんなに努力しても的外れになってしまうのだ。

 たとえば、飼っていた鳥が逃げてしまったら、ロボコンはけんめいに探す。鳥を逃がさない強いロボットになろうとする。しかし一連の騒動から、子どもは鳥をつかまえ、駕籠に閉じ込めることが正しいと思えなくなる。すると、ロボコンが鳥をつかまえても意味がなくなる。

 ロボコンは人間の命令や期待に応えられないが、人間にその意味を考えさせる。ロボコンと接することで、子どもたちは多くのことを学び、成長する。。大人たちも、大切なモノに気づいていく。だからロボコンは愛されるのだ。

異端者として

 もうひとつ興味深いのは、ロボコンが「異端者」であることだ。
 ロボコンは人間と変わらぬ感情をもっているが、劇中の人たちはロボットはロボットとして、きっちり区別している。だから失敗したときは容赦せず、殴って、蹴って、罵って、捨てようとする。子どもたちはもっとひどく、「ロボットのくせに」と差別して、イタズラして、笑いものにする。

 それでもロボコンは、人間をうらまない。人間になりたいとも思わない。人間の役に立つため、がんばるだけ。そんなロボコンを見ていると、人間の方が迷ってしまう。これでいいのか、と。

 ロボットは乱暴に扱っていいのか? 人間とロボットのちがいはなにか?
 SF映画のように大上段に構えることはないが、作品の根底にそうしたテーマが息づいているのも、ロボコンの魅力だと思う。『ウルトラセブン』や『ロボット刑事』を手がけた上原正三さんのカラーかもしれない。

ロボコンに学ぶ道徳

 毎週放送される特撮番組だから、けっこう作りが粗い。ロボットランドやガンツ先生、A級ロボットの設定はあいまいだ。それでも、ロボコンから学ぶことは多い。

 ふと思う。ロボコンは道徳教育の教材になるんじゃないか?

 ロボコンに感情移入しない子どもは、酷薄な大人になるだろう。
 ロボコンに感情移入しすぎる子どもは、分別のない大人になるだろう。
 道徳で大事なことは、先生が用意した答えを言い当てることではなく、答えを見つけるため考えることだから、ロボコンはいい教材になるはずだ。

 いや、ぶっちゃけ言おう。
 私は学校の教科書より、特撮番組に道徳を教わっているようだ。

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