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[日記2013年06月05日(水)に思った哲学のこと

死の受容プロセス for 当人以外

死の受容プロセス for 当人以外

 死の受容プロセスをご存知だろうか?

 ドイツの医師、エリザベス・キューブラー=ロスが、死にゆく患者との対話の中で発見し、『死ぬ瞬間』(1969)という本で発表された。この本は終末期医療のバイブルとされ、さまざまなところで引用されている。

1. 否認

自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階。
「診断が間違っている」「仮にそうだとしても、治療法があるはずだ」

2. 怒り

なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階。
「どうして早期発見できなかったんだ!」「この仕事がなかったら!」

3. 取引

なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階。
「死なずに済むなら、どんな対価も払う」「神さま、助けて」

4. 抑うつ

なにもできなくなる段階。
「どうでもいい」「知ったことか」

5. 受容

最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階。
「・・・」

 すべての患者が同様の経過をたどるわけではないとされる。また、受容しつつも一縷の希望を捨てきれない場合もあり、段階ごとの区別は厳密ではない。
 がんのように死期を正確に予測できる病気はいいが、事故死や老衰などはプロセスが崩れてしまうかもしれない。

また親父の話

 私が、親父の死期が近いことを知ったのは、もう末期に入ってからだった。
 当たり前だが、末期でなければ治療の余地があり、治療している最中に死を覚悟することはない。まぁ、いつごろから死を覚悟するかは当人の哲学によるが、人に話すとなれば、死が確定的になってからだろう。
 あとでわかったことだが、親父は早い段階から死を覚悟していたようだ。これは親兄弟の話に関連するのだが、そこは割愛する。

 さて、私が親父と死について話したとき、親父はもう「5.受容」に達しており、受け答えは淡々としたものだった。

「もうすぐ死ぬから、あとはよろしく。
 これはこうしてほしいが、残りはみんなで決めてくれ。以上」

 そんな感じ。
 あっけなさすぎて、現実味がなかった。いろいろ話をして、医者の説明を聞いて、本を読んで、私はだんだん理解していった。死の受容プロセスを知ったのも、このときだ。

理解の差

 私は三兄妹の長男である。当たり前だが、親父は三兄妹に等しく同じ話をしたわけじゃないから、少しずつ理解の差があった。そのせいか、私と母は「仕方ないこと」と受け入れていたが、弟や妹は「納得できない」と怒ることもあった。親父が昏睡状態になってからも、弟は、「なにか治療法があるはず」「肝移植はできないのか?」「この待遇はひどい!」と病院に突っかかった。

(この差はどこから来るのだろう?)

 私は不思議だった。私は親父の死を「5.受容」したが、弟たちは「2.怒り」や「3.取引」の段階にいる。弟たちの考えが浅いのか? それとも私が薄情なのか?

死の受容は当人だけのもの

 親父の死後、私は母とよく話すようになった。すると、子どもの目には見えなかった(見せなかった)部分がわかってきた。親父は決して、超人的に死を受け入れたわけじゃない。恐れや怒りに焼かれ、周囲に当たることもあったようだ。

 自分が死を受け入れても、周囲がそれに同調したり、尊重してくれるわけじゃない。半端に理解されると、「すでに死んだ人」として扱われる。死ぬまでは生きているのに、これは悲しい。また逆に無視されるのは腹立たしいし、過剰に配慮されるのも白ける。
 当人にとっては「この世の終わり」だが、他の人にはちがう。自分が死んでも、世界はつづく。自分の死より、みんなの生を受け入れるほうが難しいかもしれない。よくわからないけど。

 つまるところ、死の受容は当人だけのもので、他人が理解することはないのだ。

 7年前の私は、親父の死を「自然の摂理」として受け入れたつもりだったが、ぜんぜんわかってなかった。わかったつもりで冷静にふるまったせいで、いろいろ後悔ができてしまった。こんなことなら、怒りや悲しみをぶちまければよかった。
 死の瞬間を「2.怒り」や「3.取引」で迎えてもいい。
 他人の死を「5.受容」するのは、その人が死んでからでよかった。

 こんな話、あまり日記にすべきじゃないのかもしれないが、7年が経って、心境も変わった。自分が経験したことを整理したいし、周囲の人に読んでもらうことにも、なにか意味があるかもしれない。ないかもしれないが。
 エピソードはたくさんあるけど、一気に書いても読みづらいので、ぽつりぽつりと書き出していきたい。

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