日記  2013年07月07日(日) に思った 生活 のこと

甥や姪に感じる未来の興奮

甥や姪に感じる未来の興奮

「血はやばいね! こんな気持ちになるとは思わなかった!」

 アントニオ猪木酒場で友人Wと飲んだとき、親戚の話になった。
 ふたりとも中年だが、血を分けた子がいない。そのせいか、たまに甥や姪に会うと、タガが外れたようにかわいがってしまう。Wは、どちらかと言えば子どもに苦手意識を持っていたが、お姉さんの娘(姪っ子)は例外で、遊ぶとき脳内に分泌される興奮物質には麻薬的な中毒性があり、理性を失わせるという(大丈夫か?)。

「わずかでも自分と同じ血が流れていると思うと、ぜんぜんちがうんだよなー。あの子には、おれのG.I.ジョーコレクションを受け継いでほしいよ!」

 私もいろんなオタクを見てきたが、Wのコレクションの価値はわからない。それを21世紀生まれの女の子に継がせるのは無理がある。ましてや継承は数十年先になるだろうから、そのころは姪っ子も成長し、結婚し、子をなしているかもしれない。むしろ、その子(姪孫)に継いでもらうほうが現実的だ。

「というか、ほかに継いでもらいたいものはないのか?」
「たとえば?」
「土地とか、株券とか、城とか」
「ない! なーんもない! 残せるのはG.I.ジョーだけ。あれはよいものだ」
「......そうか」

 しばしの沈黙。ビールを飲む。

 ふたりとも不安定な仕事をしてるから、自分の面倒を見るだけで精いっぱい。遺産なんて考える余裕もなけれ、意味もない。
 私たちは生きて、消費して、死んで、消え去るのみ──。
 覚悟完了してるけど、甥や姪にふれると、どうしても「未来」を意識してしまう。つまり自分が死んだあとの未来だ。

 さらに突っ込めば、私たちもまた、親の世代に「未来」を意識させていたはずだ。しかしどれほど期待に応えられただろう? こんな小人物で終わってしまって、すみません。まだ終わってないけど。

「ふぅー」
「はぁー」

 しんみり飲んでいると、Wは言った。

「でも、コレクションを継いでくれる人がいるかもしれないってのは、希望だよ。新たにコレクションを増やすときの罪悪感が減るじゃん」

「そうだな。うん、きっと、そうだ」

 心にもないことを言ってみた。

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