日記  2014年08月04日(月) に思った 経済 のこと

ゲームに必要な分だけお金を払う知恵

ゲームに必要な分だけお金を払う知恵

 ソーシャルゲームに1円も払わないのは簡単だが、必要な分だけ払うのは難しい。

 むかしはゲームを買う時だけ悩んで、あとは遊ぶだけだった。しかし最近のソーシャルゲームは無料で配布され、遊ぶ中で課金される。いつ、なんのため、いくら払うかの判断も、ゲームの一部になっている。

 「課金しないと勝てないゲーム」は淘汰され、「非課金でも楽しめるが、課金すればもっと楽しめるゲーム」が主流になってきた。ゲーム開発にたずさわる友人に言わせると、課金要素のさじ加減はきわめて難しく、ゲーム開発の中核をなしているそうだ。

カネを払う馬鹿

 コンプガチャ問題がクローズアップされたのは、2012年5月。もう2年前か。レアカード、レアアイテムのため、何十万、何百万もつぎ込む人がいると知って、呆れた人も多いだろう。ソーシャルゲームにカネを払っても、なんにも残らない。

 しかしゲームは、「楽しむ」ためにお金を払うわけで、パッケージやディスクが欲しいわけじゃない。もちろん、破産するほど金をつぎ込むのはバカだが、なにも残らないと否定するのも的外れだ。

カネを払わない馬鹿

 うちの嫁もソーシャルゲームをやってるが、「1円も払わない」と固く誓っている。毎日のログインボーナス、ぽちぽち作業、長時間待機、イベントの活用などでまかなっているが、あまりに拘束時間が長いので、課金すればいいのに、と思う。

 ソーシャルゲームは、最低限必要なものが欠けた状態で配布される。たとえばお弁当に箸が1本しか入ってなくても、工夫すれば食べられる。しかし快適に食べるなら、箸を買うべきだ。それはお弁当の代金であって、ボッタクリ課金じゃない。

 だけど嫁は、「お金を払うと歯止めが効かなくなる」、「お金を払わずに工夫することも、楽しみ方のひとつ」と言ってゆずらない。そう言われば、そうかもしれない。

必要な分だけ払うゲーマーたち

 私が知るゲーム大好き人間たちは、「1円も払わない」とか、「金に糸目はつけない」などと言わず、必要な分だけ払ってる。まぁ、数百円から千円ちょっとだけど、判断が的確で、とても早い。ゲームが好きだから、ゲームの仕組みを見抜くのも早いのだ。

 彼らは限られた人生で、できるだけ多くのゲームを楽しみたいと思っている。だから、わずかな金をケチって時間をロスするのは避けたい。うちの嫁はべらぼうに時間をかけるが、たくさんのゲームはできない。ゲームを楽しむ次元がちがう。

甥っ子に伝えるべきこと

 甥っ子がソーシャルゲームで遊ぶようになった。しかし母親(私の妹)は「1円も払わない派」だから、甥っ子は不自由なゲームに隷属するほかない。伯父(私)としては、必要な分だけお金を払う知恵を教えてやりたいが、私自身も「1円も払わない派」だから、どう教えていいかわからない。

 それに、もう1つ問題がある。ゲーム大好き人間たちは、頭の回転が速いわりに、社会的な成功はしていない。彼らはゲームを楽しむことがすべてで、気苦労の多い出世や、歯を食いしばって残業するのは、割にあわないと思っている。
 そんな連中のひそみに倣うのは、いかがなものか。

 しかし必要な分だけお金を払う知恵は、身につけてほしいかなぁ。

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