日記  2014年08月17日(日) に思った 経済 のこと

おためし新聞が入ってた

おためし新聞が入ってた

 ポストに新聞紙が突っ込まれていた。

 うちは新聞を購読してない。案の定、無料おためし新聞だった。手に取ると、けっこうボリュームがある。購読する気はまったくないが、新聞紙に触れるのも数年、十数年ぶりだから、あとで読もうと部屋の片すみに投げておいた。

 翌日、チャイムが鳴って、新聞の勧誘員がやってきた。

「きのう、おためし新聞をお届けしたんですが...」
「うちはけっこうです。すみません」(ガチャン)

 インターホンで応対できるのは、本当にありがたい。ドアを開けたら、こう簡単には済まないだろう。断るという結果は同じでも、精神的なコストが大きい。

 それにしても、きのうの今日で勧誘とは早すぎる。
 まだ読んでねえよ!

 と思ったが、考えてみれば新聞は一日で読むものだった。そう気づいたとき、あらためて新聞紙のボリュームに驚いた。こんなの、一日じゃ読めないよ。

 私の読字量はけっこう多い。きのうニュースはもちろん、付帯する知識やコラムも読んだ。起きてから寝るまで、つねになにかを読んでいる。そんな私でも、紙は後回しだ。紙は読みにくいし、不便だからだ。

 おまけに新聞には、興味のない情報もたくさん載っている。それを取材し、執筆し、編集し、印刷し、配達してくれた人には申し訳ないが、いらないものはいらない。そんな新聞を毎日読んで、毎日捨てるのか。全国でどれほどの資源が費やされているのか。うわあああ。

 後日、おためし新聞は鍋敷きとして活用させてもらった。

 ちょっといいことをした気分になった。

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