日記  2014年10月18日(土) に思った 娯楽 のこと

COOPで「趣味の協調」を考える / Left 4 Dead 2

COOPで「趣味の協調」を考える / Left 4 Dead 2

 COOP(協力プレイ)は仲間と協調できないと成り立たないが、それはゲーム内にかぎらない。たとえば何時から、どのキャンペーンを、どのくらい頻度で、どこまで本気でやるか、ゲーム外の合意がなければ始まらないし、続けられない。

 私たちは3人でプレイしているが、3人ともゲームの接し方が異なる。

友人G

 『L4D2』を紹介してくれた人物。すでにやりこんでいるため、いっしょに遊ぶというより、ゲームの案内役に徹している。ゲーム内での動き方、仲間への要求度合い、アドオンキャンペーンの紹介など、彼が導いた部分は多い。
 いろいろ世話を焼いてもらって恐縮だが、彼は彼なりに楽しんでいるようだ。

友人Y

 ゲーム大好き人間。『L4D2』は初体験だが、FPSやCOOPに慣れている。それでも見知った友人たちとボイスチャットしながら遊ぶのは新鮮らしく、めちゃくちゃ喜んでいる。
 なので毎晩やりましょうと連絡され、それに付き合っている格好だ。

 ゲームは好きだが、自分がプレイすることにこだわらない。ゲームの仕組みやストーリーが興味対象。もともと操作が得意じゃないところに、『L4D2』のCOOPは処理すべき情報が多く、プレイ後は倒れるほど疲れてしまう。
 楽しんでるが、ダメージが大きい。

頻度について

 11月になったら、4人目の参加者があるかもしれない。だから「少しペースを落としてはどうか?」と言ってみたが、友人Yは聞く耳をもたない。

 ゲームは楽しめるとき楽しむもの。ペースを落として長く楽しもうなんて、開栓したコーラを飲まずに取っておくようなもんだ。楽しくて無理しちゃうくらいが、いいんだよ!

 そりゃあ、まぁ、そうかもしれないが、そうでないかもしれない。

 ゲームの楽しみ方は、人それぞれ。どんなゲームを、どのくらい速さで、どのくらい深く、どのようにクリアするかに、正解はない。しかしCOOPをやるなら、ある程度は協調できないとダメだ。

 現状、私も『L4D2』を楽しんでいるから、「やりましょう!」と言われれば断らない。忙しかったり、飽きたら断るだろうが、まだ先のことになる。しかしいずれは飽きる。そのとき、どうなるんだろうね。

スタンスについて

 こんな話もある。
 3人のうち私がもっとも下手で、プレイ中は迷惑かけてばかり。なので友人Yは、「ソロプレイで練習しなよ」「練習しないと上達しないよ」と言う。

 練習? 練習ってなんだ?

 ソロプレイもやってみたが、COOPのような緊張感はない。練習にはなるが、本番で疲れ果てるくらいだから、あえて練習したいと思わない。
 本番だけでも、自分が上達している実感がある。これで十分だろう!

 なので、「やる気が感じられない」とか「足を引っ張るな」と言われれば、私は抜ける。いや、まぁ、実際そのような文句を言われまくっているけど、本気じゃないからスルーしてる。私は私のペースでがんばっている。手抜きも無理もしない。

 協調を強いられるようになったら、COOPはつらいだろうな。

趣味の協調

 趣味は個人的なものだから、他人や社会と協調する必要はない。協調を強いられたら、それは仕事になる。だけど協調することで、ひとりでは得られなかった興奮、緊張、視点、喜び、悩み、成長が得られることも事実。

 これは、趣味の完全一致を意味しない。
 また、他人の遊び方にコメントしないという意味でもない。

 互いに文句を言えるくらいがちょうどいい。でないと窮屈になる。

 見知らぬ人とのCOOPにも新たな発見があるんだろうけど、今はまだいいかな。

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