日記  2014年10月21日(火) に思った 社会 のこと

「生物学的性別」という項目

「生物学的性別」という項目

 iOS8で追加された「ヘルスケア」を起動したら、「生物学的性別」という設問があった。

 つまり、あなたの心の性はべつにして、生物学的、解剖学的な性別を問うてるわけだが、わざわざ注釈がつくあたり、21世紀だなぁと感心した。

 私は性同一性障害に詳しくないが、「ヘルスケア」の設定で性別を問われ、心の性を答えてしまう人がいるんだろうか? あるいは注釈がないところに生物学的性別を記入するのは、ストレスになるんだろうか?

 「生物学的性別」と書くことが、適切な配慮になるのかどうか、私はわからない。
 ただ、性別を質問することはとても危険なことに思えてきた。

 たとえば、銭湯の更衣室にきれいな女性が入ってきて、いきなり脱いで、おっぱいポロリとなったら驚くだろう。そこで「女性ですか?」と質問して、「はい」と答えられても、「生物学的に?」と確認するのはためらわれる。
 性同一性障害者を知らないから、どう接していいかわからない。
 ただの変態と区別するのも難しい。

 相手の性別を意識せず、人間としてつきあえばいいのだろうが、私には無理だ。たぶん私たちの世代は、そんなメンタリティをもつことなく死ぬだろう。
 私たちの次、もしくは次の次の世代は、性別を意識しない人間関係が当たり前になるのかもしれないが......。

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