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[日記2015年03月29日(日)に思った社会のこと

結果より経緯に学ぶ事故映像

結果より経緯に学ぶ事故映像

 なんとなく、交通事故や危険運転の動画が増えたように思う。

 熱心に見ているわけじゃないから、実体はわからない。それだけドライブレコーダーが普及して、動画の編集やアップロードが当たり前になったのだろう。とは言うものの、事故を起こした当事者がホイホイ動画をアップロードするんだろうか? 監視カメラの映像なんか、どうやって入手してるんだろうか? 動画は本物だけど、ほどよく匿名化されている。

 交通事故、危険運転の動画を見ると、「運転に気をつけよう」「外を歩くときは注意しよう」ってひしひし思う。免許更新時に受ける講習より何倍も効果的だ。なぜこんなにインパクトがあるんだろう?

 事故後の映像を見ても、「すごい」とか「ひどい」と思うだけで、我が身のことを振り返るのはまれだ。しかしドライブレコーダーの映像は、なんでもない日常が地獄と化す瞬間をまざまざと見せつける。その急転直下に戦慄する。

 いきなり飛び出してくる/ひっくり返る/倒れる/転がる/崩れる/追突される。

 パターンは多くないのに、次の瞬間に起こることが予想できない。「自分なら大丈夫」「こうはならない」と思えない。だから、こわい。なまじのホラーよりこわい。

 つまり私は、「事故前の日常」と「事故後の非日常」をつなげて考えてなかったんだ。事故後の悲惨な映像は、いわば「向こう側」の出来事である。しかし事故の瞬間を見ると、だれもが一瞬で、前兆もなく、見境もなく、容赦なく、あっけなく、「向こう側」に放り込まれることがわかる。

 悲惨な事故もこわいが、想像力が足りてなかったこともこわい。

 たとえばホームレスの生活は悲惨だが、やはり「向こう側」に思える。しかしふつうの人間が、ちょっとずつ道を踏み外していく経過を見れば、自分にも起こり得ることだってわかるだろう。こうした見落とし、想像力の欠如は、いろんなところにありそうだ。

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