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[レビュー2001年03月10日に発表された 

ドラえもん(22) のび太と翼の勇者たち

Doraemon: Nobita and the Winged Braves

道具を使うことの是非は?

いつものフォーマットに沿った舞台と登場人物を配置した、目新しさのまったくない映画。そしていつものように、メッセージに違和感をおぼえる。

本作のテーマは道具を使うことの是非にある。生まれつき才能に恵まれていればいいが、なければないで努力するしかない。このとき道具を使うことは許容されるべきだろう。もとより未来の道具を使いまくっているのび太が道具を否定できるはずがない。

物語の主軸になるのは飛べない鳥人・グースケ。グースケは自作の人力飛行機でイカロスレースに挑戦して、みごと優勝した。グースケが人一倍努力していることは明らかだ。しかし運営者は、自力で飛んでないという理由で彼を失格にする。あまりにもアンフェアだ。
努力を否定し、生まれつきの資質で人を判断することは、差別に通じる。物語の焦点は、道具を使うことの是非から、血脈主義や身分制度に移った。これはおもしろそうだ。

ところがグースケは伝説の勇者の息子と判明し、なおかつ自力で飛べてしまったから、テーマは一気に崩壊する。やっぱり生まれもった資質が重要で、努力や道具を使うことは駄目なんだ。そしてラストは大乱闘。やはり戦争がないと、若者は有能さを示せないのか。それはそのとおりだが、よくない現実だ。

道具を使うことは卑怯なのか? 自力で飛べないものにチャンスはないのか? ドラえもんとのび太は、なんらかの答えを出すべきだった。『みにくいアヒルの子』は、現代の価値観に合わないと思う。


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