レビュー  1946年10月29日  に発表された 

美女と野獣 (ジャン・コクトー監督)
La Belle et la Bête

3ツ星

身も心も野獣だった

『美女と野獣』の最初の映像化。なにぶん古い映画なので、特撮らしい特撮はなく、物語のほころびも多いが、コクトーの工夫やセンスが随所に冴える。テーブルから伸びた腕がお酒を注ぐとか、近づくと勝手に開くドアとか、魔法の多くが科学技術によって実現されたのは興味深い。
物語はボーモン夫人版に基づくが、ふんだんに翻案されている。もともと民話だから差異を論じても詮無きことだが、本作最大の特徴として、「野獣の呪いがアヴナンに移る」ことが挙げられる。

[ラスト] 絶望と疲弊によって野獣が死んだとき、ダイアナの宝庫に忍び込んだアヴナンが女神像の放った矢に射抜かれる。するとアヴナンは野獣と化し、野獣はアヴナンそっくりの顔で蘇生する。ベルはアーデント王子を愛し、いっしょに魔法で飛んでいった。

すんごいショック! ベルはアヴナンの求婚を断ったが、その性根を嫌ったわけじゃない。またアヴナンが財宝を奪おうとしたのも、ベルを手に入れるためだった。必ずしも悪人じゃない。しかしベルはアヴナンの野獣化に気づかず、顔も心もきれいな王子にぞっこん。それでいいの?

野獣が「見た目は醜いが、心はやさしい」とするなら、アヴナンは「見た目は美しいが、心はみにくい」と演出すべきだろう。てゆーか、野獣の呪いが解けたのはベルが祈ったからではなく、アヴナンがトラップにかかったからじゃないの? さらに言えば、野獣(アーデント王子)もかつては財宝を盗もうとして、女神像に射抜かれたと推測される。ならばアヴナンと野獣のちがいはなんなのか? もはや心がどうのって話じゃないぞ。
そもそも野獣は「心がやさしい」とするシーンはほとんどない。父親の死刑宣告はやむなしとしても、身代わりとなった娘を幽閉し、毎日求婚して心を奪っているのだから、ストックホルム症候群と変わらない。

美女と野獣のテーマは「見た目に惑わされず美しい心を見抜くこと」のはずだが、この映画は逆に、「人は見た目に惑わされる」「野獣は見た目がみにくいから心は美しいと誤解されがち」と諭しているような気がする。

おもしろい映画とはいえないが、「美女と野獣」ファンなら見ておいて損はないと思う。


【ゆっくり文庫】で取り上げてみた。本作が示した父親視点、魔法の鏡、野獣のことを「動物」という演出などを取り入れて翻案した。

【ゆっくり文庫】フランスの民話「美女と野獣」

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美女と野獣 (ジャン・コクトー監督)