レビュー  1992年05月22日  に発表された 

エイリアン3
Alien3

3ツ星

道に迷ってしまったか

2012年に鑑賞。今じゃデヴィッド・フィンチャーの初監督作品として有名だが、評判はよろしくない。そういう作品と覚悟して見たせいか、「思ったほど悪くない」という印象だった。

傑作の『2』を意識しすぎたようだ。同じことを繰り返すまいと、確立されたフォーマットをことごとく崩している。
たとえばリプリーは、エイリアンの脅威を誰にも話さない。どうせ信じてもらえないから、たしかな証拠が見つかるまで、最初の犠牲者が出るまで、具体的な対策は講じられないと考えたのだろう。しかしセックスしたクレメンスにも胸中を明かさないのは合理的じゃない。結果を見れば、リプリーは被害は食い止められず、おびえる囚人たちを指揮することもなく、ただ絶望するだけ。あまつさえエイリアン抹殺のため、囚人たちを生け贄にしようとした。ぶっちゃけ、本作のリプリーは精神を病んでいると思う。

まぁ、あんな恐怖体験を2度も繰り返したのだから、疑心暗鬼で壊れちゃうのも無理はない。しかし「恐怖に立ち向かう強い女性」というイメージを壊したあとに建つものがなかった。ありきたりでも後半は奮い立ってほしかったが、監督はそれさえも拒否してしまった。リプリーは逃げる道も、向かう道もなかった。

生き残ることに執念を燃やしつづけたリプリーは、自分自身を始末できるだろうか? 地球を捨てた囚人たちが、地球のために死ねるだろうか? 囚人たちを律していた戒律は、どんな意味をもつのか? 地球の本社はエイリアンを戦争に利用するつもりなのか?
いろんな可能性がある中で、物語は1つの結末を迎えるが、どうにもカタルシスに欠ける。多くの人がいうように、映画としての完成度は高くない。しかし安易に同じことを繰り返さなかった監督の心意気は悪くなかったと思う。


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