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[レビュー2017年12月07日に発表された 

Getting Over It with Bennett Foddy (PC)

Getting Over It with Bennett Foddy

特定の人を、傷つけるために。

壺から生えた男が、ハンマーをふるって山登りする。使うのはマウスだけ。「つかむ」「開ける」といったインタラクト(ボタン操作)もない。ハンマーで地面を強く押してジャンプ、突起に引っ掛けスイング、あるいは滑空と、ダイナミックな登山が可能だが、操作を間違えると一気に滑落。これがつらい。

「もうちょい簡単なところをサクサク進めて、プレイヤーの気持ちを盛り上げてほしい」と思うが、じつはスタート地点周辺が「もっとも簡単でサクセク進めるところ」だった。オーバーハングが出てきて、このゲームの意図を思い知る。ミスしたらスタート地点に落とすつもりだ。

何度も繰り返せば、運よく突破できることはある。しかし運にたよっているようでは、その先でミスをして戻される。ちゃんと技術を習得しなければ進めないのだ。落ち着いて、操作のコツを学ぶ。習熟すると、難所もスイスイ登れるようになる。やった! と慢心してると滑落。くやしい。

ちょっとしたミスも許さないほど厳しくない。ちゃんとセーフティネットのような場所もあって、ミスを連続しなければ大丈夫だが、あいにくミスは連続する。

小さなミス→ちょっと戻される→苛立ち→操作が粗くなる→ミス→動転(ミス)→セイフティネットから滑落→スタート地点

同じ難所を繰り返す→熟練→すいすい登れて気持ちいい→ミス→(以下略)

コメディのような滑落が繰り返される。うまいこと設計されている。ゲームの局面に応じて哲学的なメッセージが再生されるのも、なかなか神経を苛立たせる。

I created this game for a certain kind of person To hurt them.
特定の人に向けて、誕生した、ゲーム。特定の人を、傷つけるために。

スタート地点に戻され、投げ出すような大多数は、このゲームに向いてない。「コンチクショー!」と再挑戦する、一握りのゲーマーのために設計されている。
山を登ってどうする?
熟練してどうする?
なんのために? なぜ?
そんなこと考える人はやらないほうがいい。すべてを超越し、ただひたすら上を目指す意気込みなくして登頂はない。そういう人を苦しめ、悩ませ、喜ばせるゲームなのだ。

すべてのゲームが本作にならう必要はないが、ゲームの魅力って、こーゆーものだと思う。



Steam: Getting Over It with Bennett Foddy

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