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    <title>総思創愛</title>
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    <updated>2010-03-16T10:18:11Z</updated>
    <subtitle>1,000文字でつづるショートショートなど、創作物を展示しています</subtitle>
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    <title>第73話：青雲の志</title>
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    <published>2009-12-31T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-03-16T10:18:11Z</updated>

    <summary>「先生！　今こそ起ち上がるときではありませんか！」 　どえらい剣幕でヤマダ秘書が...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「先生！　今こそ起ち上がるときではありませんか！」</p>

<p>　どえらい剣幕でヤマダ秘書が詰め寄ってきた。<br />
　いつも物静かな分だけ、激高するとおっかない。才能ある秘書なのだが、この青臭さはどうしようもない。</p>

<p>「先生はおっしゃいました！　この国を根本から変えると！<br />
　そのため古い体制に雌伏するのだと。<br />
　しかし今の先生は、古い体制そのものではありませんか！」</p>

<p>　どんっと食卓を叩くので、料亭の皿が飛び跳ねる。わしは食事をあきらめ、秘書と向きあった。</p>

<p>「たしかに今なら政変を起こせる。<br />
　だが、そのあとはどうする？<br />
　確実に理想を実現するため、もう少し待たねばならんのだ」</p>

<p>　今後のプランを滔々と語って聞かせるが、全部デマカセ。ようやく手にした利権を手放すつもりはない。</p>

<p>「ですが先生。私はもう堪えられません。<br />
　理想のためとはいえ、汚れ仕事ばっかりじゃないですか」</p>

<p>　苦渋の色を浮かべるヤマダ。しかし彼こそが、この地位を築いた最大の功労者である。<br />
　ヤマダは篤実な男だが、汚れ仕事がじつに巧い。暴力団との取り引き、マスコミの懐柔、対立候補の妨害などを、きれいに処理してくれる。あるいはイヤな仕事だからこそ、効率よく片付けられるのかもしれない。</p>

<p>「すまぬ。今しばし力を貸してくれ」<br />
　頭を下げると、ヤマダは矛を収めてくれた。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　ヤマダが退室すると、隣室に控えていた息子がふすまを開けた。</p>

<p>「よろしいのですか？　父上」<br />
　会話を聞いていたようだ。不満が多い秘書を使うのは不安だろうが、そうではない。<br />
　いい機会だから、説明しておこう。</p>

<p>「ああ言うが、ヤマダは汚れ仕事の天才だ。<br />
　そして天才は、自分の才能を眠らせておけない。あやつは、良心の呵責に苦しむことなく、才能を発揮したいのだ。<br />
　本当にイヤな仕事をつづける人間はいない。<br />
　使われているのはむしろ、わしの方だろう」</p>

<p>　思わぬ評価に息子は驚いたが、しばしの沈黙のあと、仰天の報告をした。</p>

<p>「じつは父上、ヤマダが、私の秘書になりたいと言ってきたのです。<br />
　新たな改革の旗手として......」</p>

<p>「なんと！　それは僥倖！<br />
　わしは人生に満足しつつあるから、危ないと思っていたが、そうか、次の主におまえを選んだか。<br />
　よし。わしは引退し、おまえを後継者に指名しよう」</p>

<p>「い、引退はまだ早いのでは？」</p>

<p>「いいや、ヤマダが見切ったなら、わしの凋落は近いのだろう。天才の見立ては正確だ。<br />
　次はおまえが、あやつの才能を引き出してやれ。<br />
　人々に輝ける場所を与えてやるのも、政治家の責務だからの」</p>

<p>（997文字）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第72話：彼女をコントロール</title>
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    <published>2009-12-30T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T10:28:38Z</updated>

    <summary>「やめて、今夜はそんな気分じゃないの」 　そう言ってマリコはそっぽを向いた。毅然...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「やめて、今夜はそんな気分じゃないの」</p>

<p>　そう言ってマリコはそっぽを向いた。毅然とした口調だが、おれは強引にベッドに押し倒す。<br />
「いや！　よして！」<br />
　強い力で抵抗しても、しょせん女の細腕。組み伏せて、胸元から首筋をなぞると、熱い息が漏れる。<br />
「あ、明日は、朝から会議が......6時には起きないと......」<br />
「わかってる。ちゃんと起こすよ」<br />
　約束すると、マリコは完全にとろけた。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　マリコと付き合って2年半。<br />
　彼女はエリート官僚で、国家戦略に関わる仕事をしている。おまけに美人だ。そんな才媛が、なぜ5歳も年下の小学教諭と交際しているのは、世界七不思議の１つと言える。</p>

<p>　マリコはあまりに完璧なので、劣等感にさいなまれる夜もある。<br />
　ひょんなことで知り合って、ぞんざいに口説いたらOKされて、あっという間に男女の仲になったけど、本来ならおれごときが声をかけていい相手じゃない。<br />
　しかし今さらあとには退けない。<br />
　おれはマリコを呼び捨てにして、主導権を掌握した。彼女の都合は尊重するが、会うも会わぬも、抱くも抱かぬも、すべておれが決めている。</p>

<p>　マリコに欠点があるとすれば、セックスだ。<br />
　過去の遍歴は知らないが、ベッドの彼女はまるっきり別人。獣のように求め、悦び、乱れ、そして果てる。愛しあった翌日は自分で起き上がれない。ふだんのマリコを知る人には、想像もつかないだろう。<br />
　マリコも欠点を自覚しており、仕事があるときは緊張し、おれが近づくと静電気のように警戒する。そんなマリコがかわいくて、いじめてしまうけど、困らせはしない。愛してるからね。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　不意に、マリコが泣きはじめた。<br />
　痛いことをしちゃったかと焦ったけど、ちがった。</p>

<p>「私、自分をコントロールできてない。こんなんじゃ駄目なのに」</p>

<p>　めそめそ泣くマリコは少女のようだった。<br />
　何事もきっちり管理してきたマリコにとって、おれは致命的な存在らしい。<br />
　今がその時と察したおれは、強い口調で言った。</p>

<p>「結婚しよう。おれがマリコをコントロールしてやる」</p>

<p>　その後のことは恥ずかしいから伏せておく。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　こうして、おれたちは結婚した。<br />
　結婚生活は順調で、もうすぐ第一子を授かる。ふと気になったのは、マリコの姉さんがつぶやいた話。</p>

<p>「マリコって、本当にきっちりしてるわ。<br />
　昇進だけでなく結婚や出産の年齢まで、むかし立てた計画通りなのよ」</p>

<p>　どっちがプロポーズしたのと問われれば、おれだ。<br />
　しかしどっちがどっちなんて、どうでもいいことだろう。</p>

<p>（994文字）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第71話：変質者の均衡</title>
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    <published>2009-12-29T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T10:27:38Z</updated>

    <summary>「かわいすぎる娘をもった父親の苦悩が、おまえにわかるか！」 　おれはなにも言わず...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「かわいすぎる娘をもった父親の苦悩が、おまえにわかるか！」</p>

<p>　おれはなにも言わず、ただうなずいた。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。<br />
　お父さんも話を聞いてもらいたかったらしく、ひと息にまくし立てた。</p>

<p>「アリサはかわいい。本当にかわいい。<br />
　父親はみな同じことを言うかもしれんが、うちの娘は特別だ。<br />
　だから、心配だった。<br />
　変質者に目をつけられないか、トラブルに巻き込まれないかと。<br />
　その不安は的中した！」</p>

<p>　たしかに、アリサのかわいらしさは尋常ではない。<br />
　美の基準は人それぞれだが、アリサは全人類の根っこを揺さぶる「魅力」を備えていた。<br />
　磁石が砂鉄を吸い寄せるように、夜の灯りが虫を引き寄せるように、アリサはたくさんの男を魅了した。その中には変なヤツもいる。おとなく遠くから見てるだけならいいが、そうでないヤツもいる。</p>

<p>　小4の夏、アリサは誘拐された──。<br />
　と言っても19時間後には無事保護されたが、その状況は奇妙だった。単独の誘拐犯が、3人同時にアリサを襲ったのだ。彼らは互いに足を引っ張りあって自滅した。もし単独だったら、アリサは帰れなかったかもしれない。<br />
　ちなみにアリサ発見の功労者は、古参のストーカーたちだった。誘拐未遂犯が、実行犯を邪魔したようなもんだ。</p>

<p>　つまり、均衡がとれているのだ。<br />
　アリサに魅了された変質者は、あまりに数が多いため、互いに牽制しあい、誰も手を出せなくなっている。まれに均衡を崩すバカが出てくるが、すぐ退治される。<br />
　しかしお父さんは、安心できなかった。</p>

<p>「変質者の均衡なんか信用できるか。<br />
　父親の私だけが、アリサを守ってやれるんだ！」<br />
　夜の公園でお父さんは叫んだが、ふつうの人には聞こえない。</p>

<p>「しかし、いつまでも付きまとうのはマズイですよ。<br />
　お父さんは、もう死んでるんですから」</p>

<p>「それがどーしたッ！」<br />
　霊体から青白い炎が放射される。説得は無理みたい。</p>

<p>　娘を見守る心労から、お父さんは亡くなってしまったが、その魂は地上に残り、守護霊になっていた。アリサも父親の気配には気づいていて、霊媒師であるおれが呼ばれたわけだ。<br />
　いつもなら強制的に除霊するところだが、今回は無理だ。<br />
　アリサは霊的にも魅力的な存在で、周囲には数百数千の御霊やら妖怪、大天使、大悪魔がひしめき合っている。中心のお父さんを除霊すると、均衡が崩れて大変なことになる。</p>

<p>　手の出しようがないが、放ってもおけない。<br />
　つまりおれも、アリサを見守るしかないわけだ......。</p>

<p>（996文字）</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第70話：作品と作家は同一ではない</title>
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    <published>2009-12-27T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T10:26:07Z</updated>

    <summary>「ジロウさん、あたし、スタジオを辞めようと思うの」 　ユミちゃんが突然ヘンなこと...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「ジロウさん、あたし、スタジオを辞めようと思うの」</p>

<p>　ユミちゃんが突然ヘンなことを言うので、ぼくはコーヒーを噴いてしまった。<br />
　原稿をもっていたので、あわてて2人でコーヒーを拭き取る。間一髪セーフ。</p>

<p>　なんだか気が抜けたので、休憩を入れよう。スタジオには、ぼくらしか残っていない。もう少し作業はあるけど、終電までには終わるだろう。<br />
　ベランダに出て、外の空気を吸った。</p>

<p>「ごめんなさい、びっくりさせちゃって」<br />
「いいよ。それより本当に辞めちゃうの？」</p>

<p>　ぼくらは、とある漫画家のスタジオで働いている。<br />
　ユミちゃんは優秀なスタッフで、チーフアシスタントのぼくを支えてくれる。辞めてほしくない。でもユミちゃんは漫画家としてデビューするつもりはなく、ずっとスタジオで働きたいと言っていたのに。</p>

<p>「だって、先生はまったく漫画を描かないんですもの」</p>

<p>　ユミちゃんは先生の作品を愛していた。「崇拝」と言ってもいい。上京してきたのも、原稿が産まれるところに近づくためだった。<br />
　しかし先生は絵を描けない。<br />
　下絵もペン入れも、企画もストーリーも、すべてアシスタントがやっている。先生はよくテレビに出演して、サブカルチャー論を語っているけど、あっちが本業なのだ。</p>

<p>　作品と作家は同一ではない。<br />
　業界じゃ有名な話なんだけど、地方出身のユミちゃんは知らなかったようだ。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「才能って、やっぱり遺伝しないのね」<br />
　ユミちゃんは寂しそうに星空を見上げた。</p>

<p>　先生は二世漫画家だった。<br />
　絶頂期にあった先代が早世して、多くの作品が宙ぶらりんになったけど、息子が仕事を引き継いだ。幼少時からスタジオに出入りしていた息子には、父の才能と魂が宿っていた......などと宣伝されたけど、全部ウソ。スタジオと出版社、代理店が結託してビジネスを存続させただけの話だ。</p>

<p>「ねぇ、先代の作品も、ジロウさんが描いていたの？」<br />
　ふざけた口調で問われたのに、<br />
「まさか。描いてたのは親父だよ」<br />
　つい本気で答えてしまった。</p>

<p>「え？」<br />
　ユミちゃんは目を丸くした。<br />
「あー、つまり、ぼくは二世アシスタントなんだ」</p>

<p>「えッ！　えぇーッ？」<br />
　てっきり知ってると思っていたから、こんなに驚かれるとは思わなかった。<br />
　デビュー当時は先代が描いていたけど、絶頂期はほとんど親父が描いていた。だから、つつがなく作品を継続できたわけだが......しまったな。またユミちゃんの夢を壊してしまった。</p>

<p>　長い沈黙のあと、ユミちゃんは呟いた。<br />
「......結婚してください」</p>

<p>(995文字)</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第69話：名女優の素顔</title>
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    <published>2009-12-26T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T10:25:44Z</updated>

    <summary>「ねぇ、まだ私の素顔を見たい？」 　意識を取り戻したチヨコさんは、唐突に切り出し...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「ねぇ、まだ私の素顔を見たい？」</p>

<p>　意識を取り戻したチヨコさんは、唐突に切り出した。<br />
　枕元の夫のゲンゾウ氏も戸惑っていたが、ハッキリした声で答えた。<br />
「あぁ、見たいとも。そのために結婚したのだから！」<br />
　チヨコさんの手を、強く握りしめる。いのちを逃がすまいとするように。</p>

<p>「覚えているかい？　出会ったときのことを。<br />
　ぼくはキャメラマン、きみはすでに注目のスタァだった。快活な貧乏女中から、魔性な華族令嬢まで、どんな役もカンペキに演じてしまうきみに、ぼくは魅せられた。そしてぼくは、きみの素顔を見たいと思った」<br />
「プロポーズの言葉は、正直、戸惑ったわ」<br />
　チヨコさんの声は、耳の奥をくすぐるような艶やかさがある。老いてなお美しいと、その場にいる誰もが思った。<br />
「夫になれば、素顔を見せてくれると思った。<br />
　しかしきみは、ぼくの妻、3人の子どもの母という役をカンペキに演じてしまった。だから気づかなかった。きみの本当の気持ちに。<br />
　聞かせてくれ。あのとききみは・・・」</p>

<p>「駄目。名女優は素顔を見せないものよ」<br />
　それが、チヨコさんの最期の言葉だった。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　チヨコさんは往年の大女優。撮影所でインタビューを受けている最中に、突然倒れてしまう。さいわい、ゲンゾウ氏は近くにいたので駆けつけることはできたが、ふっと意識を取り戻したあとは、病院に運ぶ間もなく亡くなってしまった。</p>

<p>　一部始終を、大勢の映画関係者が見守っていた。<br />
　まるで、映画の一幕のようだった。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「ゲンゾウさんはなにを訊こうとしたんでしょうね？」<br />
　喫煙所で紫煙をくゆらせながら、ぼくは先輩にたずねた。<br />
「あれは浮気のことだよ」<br />
　即答されて、ぼくはむせた。</p>

<p>「出産を機に、彼女は映画産業から身をひくことになった。<br />
　子育てに疲れたのか、スポットライトを浴びないせいか、彼女はみるみる老けていく。<br />
　ところが親戚の書生さんが同居した頃から、艶やかさを取り戻す。<br />
　魅せられた旦那は、邪推を確かめることができなかった。<br />
　やがて書生さんが事故死すると、彼女は映画界に復帰。<br />
　そして数十年の時が流れて・・・」<br />
「ちょ、ちょっと待ってください。なんの話です？」<br />
「知らんのか。『名女優の素顔』って映画だよ。あの共演がもとで、2人は結婚したんだよなぁ」<br />
「えぇと、ど、どういうことです？」<br />
　先輩はたばこの火を消して、つぶやいた。</p>

<p>「さぁね。<br />
　意識が混濁していたのか、なにか意味があったのか。<br />
　名女優の素顔は、誰にもわからんよ」</p>

<p>(989文字)<br />
</p>]]>
        
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    <title>第68話：国産の癒しツール</title>
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    <published>2009-12-24T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T10:25:36Z</updated>

    <summary>『きみがこの手紙を読むころ、ぼくはこの世にいないだろう。 　ぼくは政府の秘密を知...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>『きみがこの手紙を読むころ、ぼくはこの世にいないだろう。</p>

<p>　ぼくは政府の秘密を知ってしまった。そのことを、きみに伝えておきたい。<br />
　いや、きみは知っているはずだ。きみは真理省の長官であり、ムードオルガンの開発にも携わっていたのだから。<br />
　それでもぼくは、きみに手紙を残す。そこに希望があると信じて。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　国民はなぜ気づかないのか──？<br />
　これは永久戦争だ。覇権を賭けて争っているように見えるが、そのじつ各国が結託して、労働力を消費させているだけ。戦争が、支配の道具に使われている。奪って、奪い返されて、また奪うの繰り返し。恐怖と歓喜が、戦争の動輪をまわしつづけている。</p>

<p>　国民のストレス解消のため、ムードオルガンは開発された。<br />
　仕事の疲れをとる"癒し"ツールだって？<br />
　一度使えば中毒になる洗脳機械じゃないか！<br />
　ムードオルガンは、疲れも悩みもしない兵隊を量産している。</p>

<p>　なのに国民はムードオルガンを捨てられない。もはや機械の補助なしに、現実を受け入れることはできないから。<br />
　近年の環境悪化によって、食糧供給は破綻寸前。しかしムードオルガンさえあれば、泥水も芳しいコーヒーとなる。誰がしらふで泥水を飲めるだろう。そうやって脳はだませても、身体は衰弱していく。国民は目隠しされたまま、死の行進を強いられているんだ。</p>

<p>　ムードオルガンによる人心掌握は、偶発的な事故以外では破綻しない。<br />
　なのに、ちくしょう！<br />
　支配階級の連中まで、ムードオルガンで現実逃避してるなんて！</p>

<p>　もう堪えられない。そして、堪えるべきじゃない。<br />
　狂った社会で狂うのは当然のこと。人間には「発狂する権利」がある。</p>

<p>　ぼくは発狂する。<br />
　あとのことは、きみにゆだねる』</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「ねぇ、どう思う？」</p>

<p>　手紙を読み終えて、ぼくは顔を上げた。<br />
　愛する妻がいる。<br />
　美しく見えるのは、ムードオルガンの効果。本当の顔は見えているが、見えていない。<br />
　この白い部屋も、本当に白いとはかぎらない。</p>

<p>「自分で書いたのは覚えていますが、まぁ、狂ってますね」<br />
　ムードオルガンの故障で、ぼくは精神被爆していたらしい。<br />
　痛々しい内容だが、恥ずかしさはない。ムードオルガンが負の感情を抑制してくれるので、前向きに考えられる。</p>

<p>「で、これからどうする？」<br />
　ぼくは答えた。<br />
「この一件で、配信システムの脆弱性が明らかになりました。<br />
　二度と発狂者を出さないよう、改修します」</p>

<p>「つらくない？」<br />
「いいえ、この仕事に誇りを持っていますから」</p>

<p>(993文字)<br />
</p>]]>
        
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    <title>第31夜：滅指</title>
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    <published>2009-08-23T12:50:00Z</published>
    <updated>2010-02-03T07:51:48Z</updated>

    <summary>　友だち４人で、「メッシ」という双六をやることになった。 　知らないゲームだが、...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<p>　友だち４人で、「メッシ」という双六をやることになった。</p>

<p>　知らないゲームだが、友人は「やりながら覚えられる」という。<br />
　それはいいけど、こいつら、誰だっけ？　向こうは私を知ってるみたいだから、ま、いっか。</p>

<p>　初手が透明なサイコロを盤上に投げた。<br />
　出た目の分だけ、線を線をひいていく。私も倣い、サイコロを振った。<br />
　４人で４色の線が、盤上にらせんを描いていく。</p>

<p>（このまま中央に達したものが勝ちかな？）<br />
　ありったけの念を込めて、サイコロを振る。<br />
　すると、期待通りの目がどんどん出るではないか。ほか３名を大きく引き離すと、なんだか悪いような気がしてきた。すると出目が急に悪くなり、私の手番は終わった。</p>

<p>「ふっ、メッシは自分を疑ったら負けだよ」<br />
　次の手番がふる。<br />
　これまた驚くほど目が走る。私のリードを一気に詰めてくるが、並んだところで彼の神は去った。サイコロの磁場が消える。私にも念が見えるようになっていた。</p>

<p>　中心点に最初に達したのは私だった。<br />
「まだ、終わってなぁい！」<br />
　ビシッ！<br />
　次の手番は、いきなりサイコロを壁に向かって投げつけた。そして、めり込んだサイコロを指で押さえると、盤上から線がのびた。<br />
　ほかの友人も同じようにサイコロを投げて、線をのばしていった。</p>

<p>「念ずれば実現する。それがメッシだ」<br />
　よくわからないけど、わかってきた。<br />
　中心点はゴールではなく、スタートなのだ。虫眼鏡で太陽光を集めるように、らせんで創造力を集めて、発火させたのか。</p>

<p>　ビシッ！　ビシッ！　ビシッ！　ビシッ！</p>

<p>　私たちは壁や床にサイコロを投げつけ、線をのばしていった。<br />
　そのまま部屋を飛び出して、エレベータや階段、あるいはマンションの壁に沿って線を走らせる。デタラメではない。これは、より大きならせんを描いているのだ。<br />
　線の上なら、どこでも立つことができた。そして線の上にいるかぎり、電車に轢かれても平気だ。ただし、線に沿って走ってきたものは避けられない。まっすぐすぎる線は、地脈の流れに引っ張られるので、注意が必要だ。</p>

<p>　ビシッ！<br />
　友人が電柱のてっぺんにサイコロを投げた。あそこに打たれると、どうしようもない。やむなく迂回路を探していると、次の手番は思いがけない手を打った。<br />
　ビビシッ！<br />
　電柱の根元に線をひいて、電柱の存在を消してしまった。友人は直前のアンカーポイントまで、すっ飛んでいく。<br />
（そんな使い方があったのか）<br />
　創造力で、それをなかったことにする。いわば、マイナスの創造力だな。</p>

<p>　この新手によって、私たちは膠着状態に陥った。<br />
　どんなに線を引いても、次の手番で消されてしまうのだ。創造より消去の方が簡単なのは、致命的な問題だ。これじゃ、先に進めない。<br />
　そこで私は、自分の手番を連続させ、特殊サイコロで天空に伸びる極太の線をひいた。これなら消去されることもない。</p>

<p>「甘いな。いまの手番を消してやるぜ」<br />
　創造した事物ではなく、創造した時間を消されてしまい、私の塔はなかったことにされてしまった。くそぅ。なにかいい手はないものか。<br />
　いっそ、ほかの３人を消してしまえば、私の勝利じゃないか？</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　ふと、自分の指が、線をさすっていることに気づく。<br />
　それは線ではなく、緑色の液体が流れるチューブだった。チューブは中央の観葉植物につながっている。いや、植物に私たち４人がつながっていた。<br />
（あぁ、そうか。私たちは植物か栄養をもらっていたんだ......）<br />
　チューブをつぶすと、栄養が途絶えて、脳が先決状態になる。<br />
　死に瀕すると、人間は異様な恍惚をおぼえるらしい。もちろん、やり過ぎたら死ぬ。</p>

<p>　「滅指」とは、そのギリギリを競うゲームだった。</p>

<p>　なんと愚かな。<br />
　しかし植物から栄養をもらっている現状では、ほかに楽しみもない。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　という夢を見た。<br />
　この夢は２部構成で、後半は二度寝した脳が見せた妄想だったようだ。<br />
　まぁ、どっちも同じか。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>第30夜：箪笥めぐり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/dream/dd030.php" />
    <id>tag:trynext.com,2009:/story//5.11181</id>

    <published>2009-08-09T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-08-23T07:47:26Z</updated>

    <summary>　あわい期待が無かったと言えば、ウソになる。 　仕事に疲れた私は、遠く丹波の山に...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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    </author>
    
        <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>　あわい期待が無かったと言えば、ウソになる。</p>

<p>　仕事に疲れた私は、遠く丹波の山にやってきた。<br />
　一里塚で足を休めていると、あとから来た男がとなりに腰掛けた。登山客ではない。東京から私を追いかけてきた新聞記者である。<br />
「絵が動かなくなったワケを教えてくださいよ」<br />
　記者の問いかけを、私は無視した。<br />
　なぜ絵が動かなくなったのか、いつになったら動くのか？<br />
　知るもんか。そもそも私は、自分の描く絵が動く理由も知らないのだから。</p>

<p>　私が描く絵は、なぜか輪郭や細部が動いているように見えた。<br />
　この意図せぬ効果によって、私は多大な評価を受けた。ところが、昨年から絵が動かなくなってしまった。ごまかすにも限界がある。私はもう絵を描けなくなったのだ。</p>

<p>　逃避行を兼ねて、私は"箪笥めぐり"をすることにした。<br />
　多くの人が心配するかと思ったが、あっさり見送られた。しかし１人だけ、執拗に追い回す記者がいた。好きになれないやつだが、私は放っておくことにした。</p>

<p>「あれは・・・なんです？」<br />
　記者が指さす方向を見て、私は驚喜した。<br />
「"箪笥（たんす）"だ！」<br />
　私は立ち上がって、茂みをかき分けた。<br />
　大きい。山の斜面に埋まっているが、３階建てのビルくらいはあるだろう。それでも箪笥に見えるのだから、遠近感が狂う。私は意を決し、一気に箪笥に飛び移った。<br />
　振り向くと、あの記者も飛び移っていた。<br />
　状況がわからず不安だろうに、大したもんだ。</p>

<p>　"箪笥"は、一種の怪奇現象である。<br />
　山を歩いていると、ひょっこり木造の直方体に遭遇する。見た目は家にある箪笥そっくりだが、ケタ外れに大きい。もちろん人間が造ったものではない。正体は今もって解明されておらず、生き物だと指摘する人もいる。<br />
　この地には五つの箪笥があって、そのすべてに触れると福がもたらされると云われている。しかし箪笥は神出鬼没で、登山家が捜索しても見つけられず、おつかい帰りの子どもがひょこっと見つけたりする。"波長"があるのかもしれない。</p>

<p>　４年前、私は箪笥を二つ見つけた。<br />
　あのときは箪笥の言い伝えを知らなかったので、それ以上探すことなく帰ってしまった。それから仕事が忙しくなって忘れていたが、ふと思いだし、再挑戦することにした。<br />
　一度見つけているのだから、たぶん大丈夫。<br />
　そう信じていたが、これほど早く見つけられるとは！</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　箪笥の上に立つと、次の箪笥が見えてくる。<br />
　遠くにあっても、木の枝に隠れていても、箪笥から箪笥ヘは、ひょいと飛び移れる。こうして私たちは、五つの箪笥すべてを見て、触ることができた。<br />
　最後の箪笥は内部も見ることができた。箪笥の中には、人のいない街があった。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　夜道を歩いていると、前方から青白い光がやってきた。<br />
　"バス"だった。<br />
　タイヤのついたバスではない。引率の先生が子どもたちをロープで囲って、ごっこ遊びをしているのだ。子どもたちは燐光を放っており、よく見ると地面に足がついてない。この世ならざるものであることは明らかだ。</p>

<p>（なんてこった。"箪笥"のみならず、"バス"にも遭遇できるとは！）</p>

<p>　驚くべきことに、バスは私の前で立ち止まった。<br />
「お乗りになりますか？」<br />
　先生がそう言うと、子どもたちの顔が一斉に私を見上げた。</p>

<p>　帰るべき街とは逆方向だが、街に帰っても仕方ない。<br />
　乗せてくださいと頭を下げ、ロープをくぐらせてもらう。バスの中は広かった。空気がちがう。このまま、どこかへ消えてしまうのも悪くない。</p>

<p>「出発しまーす」<br />
　期待に胸がふくらむが、わずか数歩で急停止した。身体が前につんのめる。なんだろうと思っていると、先生が悲しそうな顔で振り向いた。<br />
「未練を残していますね？」<br />
　ふと、あの記者はどこへ行ったのかが気になった。<br />
　思っていたことを言い当てられたのか、指摘されてから気づいたのか、よくわからない。しかし俗世のことを考えてしまったため、私はバスに乗る資格を失ってしまった。<br />
「残念ですが」<br />
　ロープがすっぽ抜けて、私は地面に放り出された。<br />
　ちょ、ちょっと待ってくれ！<br />
　あんな記者はどうでもいいんだ。ちらっと頭をかすめただけで、未練なんかない！</p>

<p>　しかし弁解は、星空に吸い込まれてしまった。<br />
　夜道に立っているのは私だけだった。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　という夢を見た。<br />
　箪笥めぐりに成功して、福が訪れるはずだったのに。<br />
　そういえば、あの記者も五つの箪笥を見て、触っている。だから私は妨害されたのか？　早い段階で記者を始末しておくべきだった。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>第67話：回帰日蝕</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/short/ss067.php" />
    <id>tag:trynext.com,2009:/story//5.11156</id>

    <published>2009-07-22T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-07-29T06:20:04Z</updated>

    <summary>　46年ぶりの皆既日食が明けた。 　みるみる周囲が明るくなっていく。まるで天空の...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
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    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>　46年ぶりの皆既日食が明けた。</p>

<p>　みるみる周囲が明るくなっていく。まるで天空の穴から、昼間が広がっていくみたい。夜明けとはちがう変化に、私は興奮した。この震えを、感動と呼ぶのかしら？<br />
　私たちは日食観測のため、太平洋上の船に"来て"いた。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　小一時間も経つと、船上はいつもの光景に戻っていた。<br />
　アッケナイと言えばアッケナイ。<br />
「そろそろ帰ろうか」<br />
　タカシに促され、はいと答えると、バーチャルコネクトが切断された。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　急に暗くなったので、目がチカチカする。<br />
　太平洋上の船から一瞬にして、1,300km離れた部屋に帰ってきた。正確には、どこにも移動していない。私たちは船上のセンサーボディにリンクしていただけ。<br />
　リンクは有料で、今回のような大イベントは利用者が殺到する。タカシは1年前から予約してくれたので、最高の条件で観察できた。</p>

<p>「でもなんか、不思議ね。<br />
　こんな風に遠くの光景を、居ながら体験できるなんて...」</p>

<p>　テレビでは、各地の様子が紹介されていた。<br />
　日食観測のベストスポットと言われていた島は、暴風雨に見舞われて大変だったみたい。都市部は曇り。私たちが"いた"船は、これから長い時間をかけて帰港する。軌道ステーションからの眺めは最高だけど、おいそれと行ける場所じゃない。<br />
　とどのつまり、テレビがいちばん安く、バーチャルコネクトがいちばん効率よく体験できるのね。</p>

<p>「これでいいのかしら？」<br />
　私のつぶやきに、タカシははっきり答えてくれた。<br />
「いいわけないさ！<br />
　どんなにバーチャルコネクトが進化しても、実体験にはおよばない。<br />
　今は無理だけど、26年後の日食はいっしょに見に行こう！」</p>

<p>　ほろりと涙がこぼれてしまった。<br />
　自分が泣かせたと思ったタカシは、あれこれ気を使ってくれたけど、ちがうの。間の悪いことに、携帯が鳴りひびく。緊急の仕事が入ったみたい。頭を下げるタカシを、私は笑顔で見送った。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　独りになって、ぼんやり窓の外を見る。<br />
　2年前の事故で、私は立てなくなった。リハビリで快方に向かっているけど、旅行はまだ無理。だからバーチャルコネクトはありがたい。でも本当は、自分の脚で現地に行きたかった。たとえ日食を観られなくても。<br />
　タカシは1年前に予約していた。それはつまり、1年では全快しないと思っていた証拠なのよ。</p>

<p>　タカシを投影していたホログラム装置に目をもどす。</p>

<p>「仕事が忙しいのはわかるけど、たまには実際に見舞いに来てほしい...」</p>

<p>(997文字)<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第66話：殺人罪</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/short/ss066.php" />
    <id>tag:trynext.com,2009:/story//5.11155</id>

    <published>2009-07-09T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-07-29T06:21:34Z</updated>

    <summary>「これはどうしたことだ！」 　久しぶりに研究室を訪れた私は、驚きを隠せなかった。...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「これはどうしたことだ！」</p>

<p>　久しぶりに研究室を訪れた私は、驚きを隠せなかった。<br />
　アルジャーノンが、研究スタッフと談笑している！<br />
　もちろん、アルが言葉をしゃべっているわけではないが、そう見えてしまった。</p>

<p>「あ、教授。いらしたんですか」<br />
　助手のイズミが席を立つと、ほかのスタッフも三々五々、持ち場にもどった。<br />
　ひとり残されたアルは、リモコンでテレビをつけ、おやつを食べながら見始めた。</p>

<p>　とてもチンパンジーとは思えない。<br />
　しかしアルの手術は失敗だったはず。<br />
　私はイズミに説明を求めた。</p>

<p>「えぇ、初期テストの成績は芳しくなかったのですが、観察アプローチを変えてみたんです。<br />
　ぼくらはアルを、人間として扱ってみました。<br />
　檻から出して、いっしょの部屋で暮らしました。すると、ぼくらがアルを観察するように、アルもぼくらを観察して、人間のルールを学びはじめたんです。なにしたら叱られるか、なにをしたら喜ばれるか。コミュニケーションが成立すると、知能も一気に発達しました。<br />
　アルは日に日に賢くなってます。<br />
　今じゃ"彼"自身も、自分は人間だと思っていますよ」<br />
「なにを馬鹿な......」</p>

<p>　ふと、アルと目が合った。<br />
　毛むくじゃらのチンパンジーが、私を見ている。じわりと冷や汗がにじむ。<br />
　しかしアルは興味なさそうに、視線をテレビに戻した。なにげない仕草だが、人間をまったく恐れていないことがわかる。いや、緊張した私を見て、警戒する必要はないと判断したのだ。</p>

<p>「あぁ、すみません。<br />
　さすがのアルも、教授がここのボスとは認識できないようですね」<br />
　イズミが場を和ませようとする。</p>

<p>「さておき、アルは驚異的です。<br />
　貴重な観察記録がとれました。<br />
　知性は単体で存在せず、社会によって認知され、成長するんです！」</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「それで、カッとなって、殺してしまった？」</p>

<p>　刑事の質問に、私はうなずいた。</p>

<p>「しかし刑事さん、"殺す"って表現は適切じゃないでしょう！<br />
　だって、イズミはロボットですよ！<br />
　ロボットなのに、人間のルールを学んで、私の代わりに研究して、論文を書いて、しかも......」</p>

<p>　刑事がつづけた。<br />
「......しかも、みんなに愛されている。<br />
　ですから教授、今回の暴挙は各方面から非難されていますよ。<br />
　新聞にもデカデカと載りました。<br />
　教授の殺"人"としてね」</p>

<p>「馬鹿な。アレは人間じゃない！」</p>

<p>「"彼"がなんだったかは、社会が決めるでしょう。<br />
　もしかすると教授は、ロボット殺人罪を問われる最初の人間になるかもしれませんな」</p>

<p>(995文字)<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

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    <title>第65話：作品づくり</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/short/ss065.php" />
    <id>tag:trynext.com,2009:/story//5.11154</id>

    <published>2009-07-08T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-07-29T06:19:15Z</updated>

    <summary>「くだらない仕事はやりたくない！」 　タカユキはぷいっと顔をそむけ、ゲームを再開...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「くだらない仕事はやりたくない！」</p>

<p>　タカユキはぷいっと顔をそむけ、ゲームを再開した。その幼稚な態度に、私はむっとした。<br />
「くだらない仕事かどうか、書類を見なさいよ！」<br />
　書類の束を突きつけるが、タカユキはゲーム画面から目を離さない。私も意地になって書類をぐいぐい押しつける。私の腕が疲れるより先に、タカユキはゲームオーバーになり、しぶしぶ書類を受け取った。<br />
「見なくてもわかる。あの会社の仕事はくだらない」<br />
　私が睨み付けると、タカユキは口をつぐんだ。説教タイムだ。<br />
「いまは経験と実績を積むべき時だって、何度も言ったでしょ」<br />
「もうイヤなんだ。<br />
　こんな仕事をするために、絵を勉強したんじゃない。<br />
　自分の絵を描きたい。<br />
　この絵を描くために生まれてきたって、思えるような絵を！」<br />
「仕事がなければ描けるっていうの？」<br />
「それは......」<br />
　タカユキは言いよどんだ。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　イラストレーターとしてデビューしたタカユキは、幸運にも多大な賞賛を集めた。しかし各方面から「先生」と呼ばれるようになると、生来の傲慢さが顔をのぞかせ、筆が遅くなり、手を抜くようになった。ほどなく、タカユキは休業を宣言した。</p>

<p>（大衆受けの商品じゃなく、自分オリジナルの作品をつくりたい）</p>

<p>　しかし仕事がなくても、タカユキは作品を完成させられなかった。<br />
　ゲームをしたり、部屋の片付けをしたり......。いつまでも作品と向き合えないタカユキを見て、私は切り上げを命じた。そして、とってきた仕事を無理矢理やらせる。反発しても、説教でねじ伏せた。<br />
　タカユキは自由に溺れてしまう。束縛がなければ、才能を引き出せないんだ。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「こんなの、誰にでもできる仕事じゃないか......」<br />
　ぶつぶつ言いながら筆を走らせるタカユキに、私はコーヒーを淹れた。<br />
「そんなことない。<br />
　どんな仕事も、そのとき、そこにいる人にしかできないのよ」</p>

<p>　ふと、タカユキは筆を止めて、私に向き直った。<br />
「それじゃ、ユミコさんも、ユミコさんにしかできない仕事をしてるんだ。<br />
　ぼくをコントロールして、仕事をさせる仕事をね！」</p>

<p>　ぱんっと音がした。<br />
　私は反射的にタカユキの頬を叩いていた。<br />
　じわっと涙ぐむタカユキを、私はぎゅっと抱きしめる。</p>

<p>「私は編集者じゃない。<br />
　いまは経験を積みましょう。<br />
　オリジナルに挑戦するのは、そのあとでも大丈夫。<br />
　タカユキこそが、私の作品なのよ」</p>

<p>　胸の中で、タカユキもうなずいてくれた。</p>

<p>「わかったよ。母さん」</p>

<p>(991文字)</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第64話：過去を捨てた女</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/short/ss064.php" />
    <id>tag:trynext.xsrv.jp,2009:/story//5.10519</id>

    <published>2009-03-27T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-04-05T13:23:35Z</updated>

    <summary>「お母さん、なんで今ごろ？」 　カスミの声は震えているが、強い非難が込められてい...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>「お母さん、なんで今ごろ？」</p>

<p>　カスミの声は震えているが、強い非難が込められていた。無理もない。幼少時に自分を捨てた母親が突然、現れたのだ。恨み言もあるだろう。<br />
　私はカスミの親代わりとして、この再会を見届けなければ。</p>

<p>「ごめんね、ごめんね」<br />
　母親は小さく繰り返すばかり。よく見ると美人だが、いかんせん表情に精気がない。</p>

<p>　このままでは埒があかないので、間に入って事情を聞くことにした。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　カスミの母親は、過去を捨てた女だった。<br />
　家出同然に上京し、コツコツ働くものの、明るい未来が見えてこない。そこで全財産をはたいて、全身を美容整形した。それは骨格を変えるほどの大手術だったらしい。<br />
　容姿が変われば、性格も、運勢も変わる。<br />
　生まれ変わった彼女は多くの恋愛を経て、青年実業家と結婚、カスミが産まれた。</p>

<p>　そして、忘れていた事実に気づく。<br />
　娘がみにくく見えはじめたのだ。旦那は自分の過去を知らないし、知られたくない。なにより、容姿に悩む娘を育てたくない。思い余った彼女は、カスミを捨ててしまった。</p>

<p>　その後の人生は、恵まれないものだった。<br />
　娘が行方不明になったことで、ほどなく離婚。それから複数の男に身をよせるが、家庭を築くことはなかった。今は地方のスナックで働いているそうだ。</p>

<p>　最近になって、娘がテレビに映っていることに気がついた。<br />
　カスミは人気絶頂のアイドルだった。そのプロフィールを調べて、直感が確信に変わったと母親は言う。</p>

<p>「だって、カスミも......したんでしょ？」</p>

<p>　そのときの表情を、なんと形容すればいいだろう。<br />
　たしかに、カスミには整形疑惑がある。しかしそれを、実の母親が、こんなにも嬉しそうに指摘するのか。愛情とねたみ、軽蔑、媚びの入り交じった笑顔......。<br />
　私は、とんでもない妖怪を連れてきてしまった。</p>

<p>　次の瞬間、カスミの平手打ちが炸裂した。<br />
「出てってッ！」<br />
　母親は椅子から転げ落ちたが、嬉しそうだった。私は母親を立たせて、引き取ってもらうことにした。</p>

<p>「可愛そうな人ね」<br />
　去りゆく背中に、カスミが声をかける。<br />
「ま、まさか......？」<br />
　震えながら、母親が振り返る。<br />
「あなたは整形する前から、きれいだったのよ」</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　そのあとのことは、よく覚えていない。<br />
　取り乱した母親を取り押さえるのは、本当に大変だった。「美人母娘、感動の再会」企画は失敗だった。</p>

<p>　しかし、得たものもある。<br />
　カスミは強くなった。<br />
　実の母親にもシラを切れるのだから、女優に転向してもやっていけるだろう。</p>

<p><br />
（996文字）<br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>第63話：死んだ主人が日記を書いています</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/short/ss063.php" />
    <id>tag:trynext.xsrv.jp,2009:/story//5.10518</id>

    <published>2009-03-26T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-04-18T15:59:58Z</updated>

    <summary>　死んだ主人が日記を書いています。 　もちろん主人でないことはわかっていますが、...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="ショートショート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>　死んだ主人が日記を書いています。</p>

<p>　もちろん主人でないことはわかっていますが、そう思えてなりません。<br />
　この気持ちを、どう整理すればいいでしょう？</p>

<p>　主人の趣味は、ブログでした。<br />
　小学生のころから毎日欠かさず、どこへ行った、なにを見た、なにを食べた、どう思ったかを記録してきました。大した内容ではないのですが、細やかな描写に多くのファンがいて、かくいう私もその1人でした。<br />
「え、あなたが、あの人ですか！？」<br />
　初対面で素っ頓狂な声をあげてしまったことは、結婚後もよく冷やかされました。</p>

<p>　驚いたことに、私の母も読者でした。<br />
　私は高校3年（県大会に出場したあたり）からの読者ですが、母は小学5年（海沿いに引っ越したあたり）から彼を知っていました。なので初めて紹介したときも「まぁ、大きくなったわね」と感心し、いきなり昔話で盛り上がる始末。恋人の私より詳しいので、イライラしました。</p>

<p>　その後も主人は日記を書き続けました。<br />
　結婚したこと、喧嘩したこと、仲直りしたこと...。<br />
　そして昨年春、事故で亡くなったのです。</p>

<p>　葬式のあと、ブログの閉鎖も考えましたが、パスワードがわかりません。それに、ブログを消すことは主人の存在を消すことに等しいと思えたので、放っておくことにしました。更新が止まれば、そのうち自然消滅するでしょう。<br />
　ところが、なにげなく開いてみたら、死後も日記が更新されているではありませんか。なんということでしょう。だれかが主人になりすましている。日記を読み返して、私は知りました。</p>

<p>　主人は死ぬ直前、（私以外の）読者全員にパスワードを送付していたのです！</p>

<p>　死んだ主人が、最近のニュースにコメントしたり、できたばかりの施設を訪れている。どこへ行った、なにを見た、なにを食べた、どう思ったか...。その筆致は、主人そっくり。<br />
　私のことも書かれていました。</p>

<p>「昼間、図書館で妻を見かけた。元気そうで、安心した」<br />
「相変わらず妻の足あとがない。寂しいような、これでいいような」<br />
「新発売の果実酒はオススメ。きっと妻も気に入るだろう」</p>

<p>　この日記を書いたのはだれ？　何人で書いてるの？<br />
　怖いと思うかたわら、私は主人の眼差しを感じていました。<br />
　主人はたしかに、生きている...。</p>

<p>　きのう、オススメの果実酒を試してみました。<br />
　美味しかったです。こういうの、好きです。<br />
　ありがとう、《あなた》。</p>

<p>　もし私も死んだら、《あなた》と永遠を歩めるかもしれませんね。</p>

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（998文字）
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    <title>第29夜：台風と犬小屋</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/dream/dd029.php" />
    <id>tag:trynext.xsrv.jp,2009:/story//5.10513</id>

    <published>2009-03-25T01:42:44Z</published>
    <updated>2009-03-25T01:45:06Z</updated>

    <summary>　風が強い。もうすぐ台風がやってくる。 　家に帰る途中の坂道で、犬小屋を見かけた...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>　風が強い。もうすぐ台風がやってくる。</p>

<p>　家に帰る途中の坂道で、犬小屋を見かけた。<br />
　よく見ると、それは、わが家の飼い犬「ワン太郎」の小屋だった。<br />
（ま、まさか？）<br />
　ワン太郎は、犬小屋の裏に隠れていた。地面を少し掘っているのは、風を避けるためだろう。<br />
（なんてこった！　だれが、うちの犬を連れだしたんだ？）<br />
　周囲を見渡したが、だれもいない。もうすぐ日が暮れる。ともかく連れて帰らないと！</p>

<p>「キャウン！」<br />
　犬小屋を持ち上げると、ワン太郎が鳴き声をあげた。風を遮るものがなくなったせいだ。<br />
　私が犬小屋を持って、ワン太郎は歩かせるつもりだったが、ワン太郎は鉄の杭につながれていた。杭は抜けないし、首輪も外れない。ワン太郎を連れて帰れない。<br />
　つまり、この場で台風をやり過ごすしかない？</p>

<p>　私は犬小屋を降ろして、しばし考えた。<br />
　このまま風にさらすのは可愛そうだ。しかしワン太郎は犬小屋に入ろうとしない。なぜだ？　犬小屋をのぞくと、屋根に穴が空いていた。穴から吹き込む風を、いやがっているんだな。<br />
　周辺を駆け回って、枯れ草や枝などで穴を埋めた。まぁ、応急処置だ。<br />
「ほら、入れ！」<br />
　うながすと、ワン太郎はのろのろ犬小屋に入った。なんか元気がないな。</p>

<p>　ふと、水がないことに気がついた。<br />
　ぐったりしているのはそのせいか。いつから水を飲んでいないんだろう？　私は屋根の補強材と、水を探しに行った。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　坂を下りると、あたりは暗くなっていた。早く用事を済ませて帰らないと。</p>

<p>　ほどなくコンビニが見つかった。屋根の補強はガムテープを使うとして、水はどうしよう？　犬は、ペットボトルの水を飲めない。なにか深皿のようなものがないか？　しかしペット用品がコンビニにあるはずもなく、紙コップと紙皿が見つかった。<br />
（こんなんじゃ、台風で吹き飛んじゃうよ）<br />
　もっと先まで探した方がいいかな？　だけど、ほどよい代用品が見つかるとは思えない。とりあえず買って、ワン太郎のところに戻ってやらないと。</p>

<p>　ガムテープ、ペットボトル、紙コップを買った私は、来た道を戻っていった。<br />
　坂の上で暗雲が渦巻いている。台風はすぐそこだ。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　さっきの場所に戻ると、犬小屋がゆらゆら揺れていた。<br />
（なんかおかしい。軽すぎる？）<br />
　小屋をのぞくと、ワン太郎がいない！　ふさいだ天井の穴が空いている。すっぽ抜けた首輪が地面に転がっていた。強風を恐れて、逃げちゃったようだ。</p>

<p>「おーい！　ワン太郎－！」<br />
　周囲を探したが見つからない。台風が来ちゃう。<br />
　コンビニ袋が重くなってきた。なぜか、数本の電池が入ってる。<br />
　このまま探すべきか、いったん家に帰るべきか？<br />
　どうすればいいんだ？</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　という夢を見た──。<br />
　むっくり起き上がって、頭をふる。思い出した。ワン太郎は19年前に死んでいる。だからもう、風や水のことを心配する必要はないんだ・・・。</p>

<p>　ほっとしたような、わびしいような気持ちになった。<br />
</p>]]>
        
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    <title>第28夜：同情しないで</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://trynext.com/story/dream/dd028.php" />
    <id>tag:trynext.xsrv.jp,2009:/story//5.909</id>

    <published>2009-02-03T12:50:00Z</published>
    <updated>2009-03-21T09:38:53Z</updated>

    <summary>　久々にダイナミックな夢を見た。 　夢の中で《私》は、中世ヨーロッパのどこかの町...</summary>
    <author>
        <name>野田伊助</name>
        <uri>http://trynext.com/</uri>
    </author>
    
        <category term="夢日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://trynext.com/story/">
        <![CDATA[<p>　久々にダイナミックな夢を見た。</p>

<p>　夢の中で《私》は、中世ヨーロッパのどこかの町にいた。<br />
　大群衆が押し寄せた石畳の通りを、若い女が引きずられていく。忌まわしい《魔女》が処刑されるのだ。苛烈な拷問で狂ってしまったらしく、魔女はケタケタ笑いながら指を噛んでいた。白い肌に刻まれた赤い傷跡が見えると、その痛々しさに私は眉をしかめた。<br />
　そのとき、背後から声がした。</p>

<p>（同情しないで......）</p>

<p>　小さな女の子の声だった。<br />
　ふり返ったが、誰もいない。気のせい？<br />
　こんな怒号が飛び交う中で、小さな声が聞こえるはずがない。</p>

<p>　ふたたび視線を戻すと、《魔女》が目の前を過ぎるところだった。<br />
　さっきまでと様子がちがう？<br />
　ケタケタ笑いはなく、魔女は唇をかみしめ、痛みに耐えているようだった。まるで・・・明らかに別人だ。そうか、入れ替わったんだ。</p>

<p>　なにが起こったのか、私は知っている。<br />
　ここに、《少女》が立っていた。そして、引きずられてきた《魔女》──つまり傷ついたお姉さんの姿を見て、同情してしまった。<br />
　同情すると、身体が入れ替わる。<br />
　いま涙を流していた魔女の中身は、少女だったのだ。</p>

<p>　そして少女の身体には、《私》の魂が入っている。だから視点が低い。<br />
　拷問で魔女の魂が死んでしまったので、この世界の魂が１つ足りなくなっていた。少女の魂がスリップしたので、私が補填されたということか。</p>

<p>（つまり、これから処刑されるのは、魔女（お姉さん）ではなく、少女（妹）か！）<br />
　少女をあわれに思いそうになったが、頭をふって心を落ち着けた。<br />
　同情すれば、（身体が入れ替わって）私が処刑されてしまう。<br />
　同情してはいけない。それが少女からの警告だった。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　《魔女》は、広場の処刑台に縛り上げられた。<br />
　とんがった頭巾をかぶった死刑執行人が登場し、群衆の興奮はピークに達した。<br />
　みんな狂ったように、魔女に罵声を浴びせている。</p>

<p>（この人たちは、本当に魔女を憎んでいるんだろうか？）<br />
　疑問が頭によぎる。<br />
　ひょっとして、うっかり同情しないように、声を出しているのかもしれない。魔女を呪い、憎み、非難しているあいだは、自分が殺されることはないのだから。</p>

<p>　私も群衆に同調しようとしたが、声が出なかった。<br />
（マズイ！　心のどこかで、同情しているのか？）<br />
　同情したい気持ちはあるが、身体をゆずりたくない。もちろん、この身体は少女のものだから、私に所有権はない。しかし私だって死にたくない。痛いのはいやだ。<br />
　要するに私は、少女を犠牲にしてでも、助かりたいのだ。</p>

<p>「こ、殺せー！」<br />
　声が出たので、群衆にまぎれる。こうなったら、私も狂うしかない。</p>

<p>　考えてみれば、他人の同情なんていい加減なものだ。<br />
　本気で同情するなら、代わってあげられるはず。あくまでも他人として、距離をとって同情したいなら、それは他人の不幸を見たがるだけの悪趣味だ。さしずめ、「プアー・ウォッチング」と言ったところか。<br />
　とめどなく考えがめぐる。</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>「わーーッ！　ま、待ってくれ！　ちがうんだ！」<br />
　処刑台の魔女が、叫びはじめた。<br />
　さっきまで沈黙していたのに、はげしく抵抗する。あわてて死刑執行人が押さえつけ、猿ぐつわをかませた。「うー！　うー！」という必死な呻き声が聞こえてくる。<br />
　また、だれかと入れ替わったようだ。</p>

<p>　その相手は、なんとなく予想できた。<br />
　頭巾をかぶった死刑執行人の片割れが、キョロキョロしているからだ。あれはたぶん、少女だ。つまり死刑執行人が魔女に同情して、魂が入れ替わったのか。</p>

<p>　死刑執行人（＝少女）は、喜んで魔女（＝死刑執行人）の首をはねるだろう。<br />
　すると少女は、このまま死刑執行人として、魔女たちの首をはねつづけるのか。それはそれでかわいそうだ......。</p>

<p>「あ？」<br />
　気がつくと、私は頭巾の穴から魔女を見下ろしていた。<br />
　私は死刑執行人と入れ替わったようだ。なんてこった。群衆にまぎれて確認できないが、少女は少女の身体にもどったのだろう。<br />
（中身がすり替わっているとはいえ、妹が姉さんの首をはねるのはよくない）<br />
　これは自分の役目なのだと、私は理解した。</p>

<p>（まてよ。本当に入れ替わったのか？）<br />
　斧を振り上げると、頭が冴えてきた。</p>

<p>　私は彼女の視点を想像しているだけで、まだ身体は入れ替わっていないのかもしれない。それどころか、すべては妄想の産物で、だれも入れ替わっていない可能性もある。<br />
（同情して身体が入れ替わるなんて、ありえない話だ）<br />
　私はただ目をつむって、都合のいい妄想にふけっているのかもしれない。</p>

<p>　もしそうなら、目を開けて悲劇と向きあうべきか？　たとえ狂うことになっても？<br />
　拷問で狂ったのは自分ではないと......言い切れるだろうか？</p>

<p align="center" class="stanza">◎</p>

<p>　・・・という夢を見た。<br />
　後半は複雑すぎて、わけがわからなくなっていた。<br />
　こういう夢は、どこから着想しているんだろう。ショートショートの構想メモになかったアイデアだ。ショートショートにしたかったけど、かなり無理があるので、夢日記にまとめておく。<br />
</p>]]>
        
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