第28夜:同情しないで
2009年 夢日記久々にダイナミックな夢を見た。
夢の中で《私》は、中世ヨーロッパのどこかの町にいた。
大群衆が押し寄せた石畳の通りを、若い女が引きずられていく。忌まわしい《魔女》が処刑されるのだ。苛烈な拷問で狂ってしまったらしく、魔女はケタケタ笑いながら指を噛んでいた。白い肌に刻まれた赤い傷跡が見えると、その痛々しさに私は眉をしかめた。
そのとき、背後から声がした。
(同情しないで......)
小さな女の子の声だった。
ふり返ったが、誰もいない。気のせい?
こんな怒号が飛び交う中で、小さな声が聞こえるはずがない。
ふたたび視線を戻すと、《魔女》が目の前を過ぎるところだった。
さっきまでと様子がちがう?
ケタケタ笑いはなく、魔女は唇をかみしめ、痛みに耐えているようだった。まるで……明らかに別人だ。そうか、入れ替わったんだ。
なにが起こったのか、私は知っている。
ここに、《少女》が立っていた。そして、引きずられてきた《魔女》──つまり傷ついたお姉さんの姿を見て、同情してしまった。
同情すると、身体が入れ替わる。
いま涙を流していた魔女の中身は、少女だったのだ。
そして少女の身体には、《私》の魂が入っている。だから視点が低い。
拷問で魔女の魂が死んでしまったので、この世界の魂が1つ足りなくなっていた。少女の魂がスリップしたので、私が補填されたということか。
(つまり、これから処刑されるのは、魔女(お姉さん)ではなく、少女(妹)か!)
少女をあわれに思いそうになったが、頭をふって心を落ち着けた。
同情すれば、(身体が入れ替わって)私が処刑されてしまう。
同情してはいけない。それが少女からの警告だった。
◎
《魔女》は、広場の処刑台に縛り上げられた。
とんがった頭巾をかぶった死刑執行人が登場し、群衆の興奮はピークに達した。
みんな狂ったように、魔女に罵声を浴びせている。
(この人たちは、本当に魔女を憎んでいるんだろうか?)
疑問が頭によぎる。
ひょっとして、うっかり同情しないように、声を出しているのかもしれない。魔女を呪い、憎み、非難しているあいだは、自分が殺されることはないのだから。
私も群衆に同調しようとしたが、声が出なかった。
(マズイ! 心のどこかで、同情しているのか?)
同情したい気持ちはあるが、身体をゆずりたくない。もちろん、この身体は少女のものだから、私に所有権はない。しかし私だって死にたくない。痛いのはいやだ。
要するに私は、少女を犠牲にしてでも、助かりたいのだ。
「こ、殺せー!」
声が出たので、群衆にまぎれる。こうなったら、私も狂うしかない。
考えてみれば、他人の同情なんていい加減なものだ。
本気で同情するなら、代わってあげられるはず。あくまでも他人として、距離をとって同情したいなら、それは他人の不幸を見たがるだけの悪趣味だ。さしずめ、「プアー・ウォッチング」と言ったところか。
とめどなく考えがめぐる。
◎
「わーーッ! ま、待ってくれ! ちがうんだ!」
処刑台の魔女が、叫びはじめた。
さっきまで沈黙していたのに、はげしく抵抗する。あわてて死刑執行人が押さえつけ、猿ぐつわをかませた。「うー! うー!」という必死な呻き声が聞こえてくる。
また、だれかと入れ替わったようだ。
その相手は、なんとなく予想できた。
頭巾をかぶった死刑執行人の片割れが、キョロキョロしているからだ。あれはたぶん、少女だ。つまり死刑執行人が魔女に同情して、魂が入れ替わったのか。
死刑執行人(=少女)は、喜んで魔女(=死刑執行人)の首をはねるだろう。
すると少女は、このまま死刑執行人として、魔女たちの首をはねつづけるのか。それはそれでかわいそうだ......。
「あ?」
気がつくと、私は頭巾の穴から魔女を見下ろしていた。
私は死刑執行人と入れ替わったようだ。なんてこった。群衆にまぎれて確認できないが、少女は少女の身体にもどったのだろう。
(中身がすり替わっているとはいえ、妹が姉さんの首をはねるのはよくない)
これは自分の役目なのだと、私は理解した。
(まてよ。本当に入れ替わったのか?)
斧を振り上げると、頭が冴えてきた。
私は彼女の視点を想像しているだけで、まだ身体は入れ替わっていないのかもしれない。それどころか、すべては妄想の産物で、だれも入れ替わっていない可能性もある。
(同情して身体が入れ替わるなんて、ありえない話だ)
私はただ目をつむって、都合のいい妄想にふけっているのかもしれない。
もしそうなら、目を開けて悲劇と向きあうべきか? たとえ狂うことになっても?
拷問で狂ったのは自分ではないと......言い切れるだろうか?
◎
……という夢を見た。
後半は複雑すぎて、わけがわからなくなっていた。
こういう夢は、どこから着想しているんだろう。ショートショートの構想メモになかったアイデアだ。ショートショートにしたかったけど、かなり無理があるので、夢日記にまとめておく。