創作  2005年07月04日(月)に書いた ショートショート

第03話:トキコの部屋

第03話:トキコの部屋

「トキコの部屋は、まだ残ってるんだろうか?」

 坂道を登りながら、ケイスケが訊ねてきた。
「さぁね、もう5年も経つからなぁ……」
 おれはおざなりに答えた。西日が強くて、蒸し暑い。黙って歩くのはツライが、話すのもツライ。なので、おれたちは無言でトキコのことを思い出すことにした。

 トキコは、おれたちの幼なじみ──。
 おれとケイスケだけじゃない。近所に住んでいた子どもたちはみな、トキコと友だちだった。

 トキコは、生まれつき身体が弱かった。
 そのため小学校にも通えず、ずっと自宅療養していた。かわいそうなトキコ。そんなトキコを励ますため、おれたちは毎日、トキコの部屋を訪れた。学校のことを話したり、ゲームしたり、勉強したり......。
 トキコの部屋には、いつも誰かがいた。そんな日々が、高校時代までつづいた。

 医学の進歩はめざましい。
 トキコの病気を治療する方法が確立された。それは、命がけの手術になる。トキコは怖れた。だが、おれたちは彼女を鼓舞した。
「逃げちゃ駄目だ。大丈夫! トキコなら勝てるよッ!」
 いま思うと、あまりにも無責任な言葉だった。自分のいのちを賭けているわけじゃないから、なんとでも言える。おれたちはむしろ、彼女を応援する自分たちに酔っていた。

 その年の夏、トキコは手術を受けた──。
 そして……死んだ。

 今日はトキコの命日だった。
 お墓の前には、幼なじみ数名が集まっていた。墓の手入れをして、焼香する。

「なんとなく思い出したよ」
 墓を見つめながら、ケイスケが言った。
「モグラはさ、地表に出すと死んじゃうんだって。
 地中のトンネルにいるとき、モグラは全身で土の圧力を感じている。地表に出すと、その圧迫感が消えてしまうので、不安になって死んでしまうだってさ......」

 そうなのだ。トキコを、あの部屋から出すべきじゃなかった。
 手術は成功した。トキコは全快したのだ。
 そのとたん、おれたちはトキコの部屋を訪れなくなった。病弱ではない、ふつうの人間になったトキコに、関心を払う者はいなかった。

 半年後、トキコは交通事故で死んだ。
 おそらく......トキコがわざと事故に遭ったのだと思う。
 大怪我することで、部屋に戻ろうとしたのだ。あの、優しさに包まれた部屋に......。だが悲しいかな、実社会での経験に乏しいトキコは加減ができなかった。
(......かわいそうなトキコ)
 黙祷を捧げる。

 おれたちは、彼女の死を悼む自分たちに酔っていた。


(985文字)

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