第05話:ぼくの名前を呼んで ss05

2005年 ショートショート
第05話:ぼくの名前を呼んで

 どこかで列車が走る音がする──。

 そんな馬鹿な……ありえない。
 ぼくは首をふって、幻聴を追い払った。

 疫病が大流行して、人類はあっという間に滅んでしまった。気がつくと、ぼくは最後の1人になっていた。笑ってしまうね。ぼくはヒキコモリだった。誰からも必要とされない社会のクズが、最後の1人になってしまうなんて!
 ゲラゲラ笑いながら、ぼくは涙をぬぐった。

 50歳の誕生日、ぼくは決着を付けることにした。衣食住、それに娯楽はたっぷりある。だけどもう駄目だ。孤独に耐えられない。
「だれか、ぼくの名前を呼んでくれ!」
 このままでは気が狂う。最後の1人としては申し訳ないが、勘弁してくれ。ぼくは練炭に火を点けた。

 どこかで列車が走る音がする──。

「うるさいな、静かに死なせてくれよ!」
 たまらず、ぼくは目を覚ました。幻聴ではなかった。

 ここは貨物車の中だった。狭くて、暗くて、窓もない。その中に、数十名の人間が詰め込まれている。天井から垂れる裸電球で、互いの顔くらいは識別できた。
「なんだ? どうかしたのか?」
 見知らぬ男が語りかけてくる。ぶっきらぼうな物言いだが、ぼくへの気遣いが感じられる。ぼくは、いま見ていた夢のことを話した。
「そりゃ傑作だ。現実とはまったく逆だな!」
 男は、ゲラゲラと笑った。気が付くと、車内のみんながぼくの話を聞いてくれていた。みんな笑って、涙をぬぐった。

 現実は逆だった──。
 財政破綻した政府は、ついに間引きを行うことにした。なんの役にも立たない社会のクズを秘密裏に集めて、処分しはじめたのである。今日で50歳を向かえたぼくも、処分対象者の1名だった。つまるところ、ぼくの名前を呼んでくれる人はいなかったわけだ。

 列車が走っていく。ぼくらはもう、空を見ることはない。
 この列車に乗ってしまった以上、どうすることもできない。死ぬのは怖いけど、その分、自由気ままに生きてきた。こう言ってはなんだが、確かにぼくはクズなので、処分されても致し方がない。それに、人生の最後に、これだけ多くの「仲間たち」に出会えたのだ。むしろ、上等な最後といえるかもしれない。

「死もまた社会奉仕か」
 とぼくが言うと、みんなが答えてくれた。

「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」

 列車は、夜の闇へと消えていった。


(944文字)