第14話:内助の功 ss14
2005年 ショートショート雨上がりの駅前で、私はコウイチさんと再会した。
3年ぶりにみる彼は、まるで浮浪者のようにみすぼらしかった。薄汚れたコート、もさもさの髪、落ちくぼんだ目。でも、目だけはちがう。優しかったころのコウイチさんの目だった。
「メグミ。お、おれは……」
そこから先は声にならなかった。想いが大きすぎるようだった。
「いいのよ、コウイチさん。また、いっしょに頑張りましょう」
私は彼の手をとった。真っ黒に汚れた手を、ぎゅっと抱きしめる。コウイチさんは嗚咽を漏らし、その場に崩れ落ちた。
「すまない……メグミ。おれを許してくれ……」
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コウイチさんは芸術家。そして、私の幼なじみ。私の憧れ。私のすべて……。
私はずっと、コウイチさんを支えてきた。彼の作品がとても好きだったから。彼のひたむきな姿が好きだったから。
コウイチさんは、不世出の才能を持っていると思う。
けれど、偉大な芸術家たちの多くがそうであったように、コウイチさんもまた、性格に問題があった。純粋すぎるというか、子供っぽいというか、すぐに喧嘩をしてしまうのだ。
そのためか、コウイチさんの作品はいつも理解されない。せっかくの作品を盗まれたり、壊されたことさえある。それでも、コウイチさんは決してあきらめなかった。
4年前、コウイチさんの作品が脚光を浴びることになった。ちょっとした作品が海外で取り上げられ、これまでの作品が一気に売れはじめたのだ。どの作品にも信じられない値がついて、メディアは天才出現とはやし立てた。
コウイチさんは変わった。
元来の無邪気さが裏目に出てしまった。彼は傲慢になり、野放図になった。長年連れ添った私には見向きもしなくなり、酒に女に遊び呆けた。
そんな豪勢な日々も、長くは続かなかった。
麻薬所持疑惑に贋作騒動。いわれのない中傷を受けて、コウイチさんは激昂。失言に失言を重ねて、ついに画壇からも放り出されてしまった。
◎
「さぁ、帰りましょう」
私たちは手を取り合って、歩きはじめた。
わかってる。コウイチさんはきっと立ち直る。そしてまた、素晴らしい作品をつくってくれる。絶え間ない逆境が、コウイチさんを鍛えてくれるのだ。頂点に君臨するのは死後でもいい。遙かな高みに挑みつづける孤高な姿こそが、コウイチさんには似合っている。
私は、そんな彼を支えてゆく。これまでも、これからも。
そのためなら……なんだってするわ。
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