第15話:危険な行為 ss15 昨日の日記から着想。 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=33751696&owner_id=105899
2005年 ショートショート「あなた! どうしたの?」
家に帰ってきた主人の背広は破れ、顔には青アザができていた。
「いや、ちょっとね……」
心配させまいと、にっこり笑ってくれる。私は濡れタオルと救急箱をとってきて、傷の手当てをはじめた。出血はないし、頭を強打されたわけでもないようだ。不安は残るが、大事には至らないだろう。
「また……やったの?」
「ま、まぁね……」
バツが悪そうに彼は応えた。
◎
私たちは結婚5年目──。娘も健やかに育っている。主人はとても素敵な男性で、人望も篤く、稼ぎもいい。幸福な夫婦に見えるだろうが、1つだけ悩みがあった。主人は、正義感が強すぎるのだ。
今夜も主人は、満員電車で痴漢を捕まえようとした。しかし痴漢の反撃にあって、顔を殴られ、背広を破かれてしまった。痴漢はそのまま逃走。被害に遭っていた女性もどこかへ消えてしまった。つまり主人は、殴られ損だったわけだ。
「いや、だって。困っている人を見過ごせないだろ」
と主人は弁明する。主人は昔、いじめられっ子だったらしい。だから、見て見ぬふりをする周囲がどれほど薄情に見えるかは、いやというほど知っているそうだ。いじめっ子は身体を傷つけるが、見て見ぬふりをする周囲は心を傷つける。主人が、困っている人を見過ごせないのは、そこに自分を見いだしているから。他人ではなく自分を救うため、主人は危険を冒すのだ。
「危険なんて、おおげさな」
と主人は笑う。しかし今日という今日は、私も黙っていられなかった。
「いいえ、危険よ! とても危険なことなのよ!」
困っている人を見過ごせない主人は、見ず知らずの人にも声をかける。喧嘩があれば仲裁し、不正があれば正そうとする。でも、正義がいつも報われるとはかぎらない。相手が精神異常者だったり、犯罪者だったら、とんでもないことになる。見過ごせない気持ちもわかるけど、見て見ぬふりをする勇気だって必要なのだ。
「わかって!
あなたになにかがあったら、私たちはどうすればいいの?
おねがいだから、危険なことには近づかないで!」
「……わかったよ……」
◎
夜、寝ている主人の頬に、私はそっとキスをした。
なんて無邪気な寝顔。私は素敵な人と結婚できた。
(私も、あなたに助けてもらった女の1人。
あなたはものすごーく格好良かった。
私は一目惚れして、追いかけて、ついに振り向いてもらえた。
だから……心配なのよ……。
外には"危険"がいっぱいだから。)
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