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[創作] 2005年08月22日(月)に書いたショートショート

第15話:危険な行為

第15話:危険な行為

「あなた! どうしたの?」

 家に帰ってきた主人の背広は破れ、顔には青アザができていた。
「いや、ちょっとね……」
 心配させまいと、にっこり笑ってくれる。私は濡れタオルと救急箱をとってきて、傷の手当てをはじめた。出血はないし、頭を強打されたわけでもないようだ。不安は残るが、大事には至らないだろう。
「また……やったの?」
「ま、まぁね……」
 バツが悪そうに彼は応えた。

 私たちは結婚5年目──。娘も健やかに育っている。主人はとても素敵な男性で、人望も篤く、稼ぎもいい。幸福な夫婦に見えるだろうが、1つだけ悩みがあった。主人は、正義感が強すぎるのだ。

 今夜も主人は、満員電車で痴漢を捕まえようとした。しかし痴漢の反撃にあって、顔を殴られ、背広を破かれてしまった。痴漢はそのまま逃走。被害に遭っていた女性もどこかへ消えてしまった。つまり主人は、殴られ損だったわけだ。

「いや、だって。困っている人を見過ごせないだろ」
 と主人は弁明する。主人は昔、いじめられっ子だったらしい。だから、見て見ぬふりをする周囲がどれほど薄情に見えるかは、いやというほど知っているそうだ。いじめっ子は身体を傷つけるが、見て見ぬふりをする周囲は心を傷つける。主人が、困っている人を見過ごせないのは、そこに自分を見いだしているから。他人ではなく自分を救うため、主人は危険を冒すのだ。

「危険なんて、おおげさな」
 と主人は笑う。しかし今日という今日は、私も黙っていられなかった。
「いいえ、危険よ! とても危険なことなのよ!」
 困っている人を見過ごせない主人は、見ず知らずの人にも声をかける。喧嘩があれば仲裁し、不正があれば正そうとする。でも、正義がいつも報われるとはかぎらない。相手が精神異常者だったり、犯罪者だったら、とんでもないことになる。見過ごせない気持ちもわかるけど、見て見ぬふりをする勇気だって必要なのだ。

「わかって!
 あなたになにかがあったら、私たちはどうすればいいの?
 おねがいだから、危険なことには近づかないで!」
「……わかったよ……」

 夜、寝ている主人の頬に、私はそっとキスをした。
 なんて無邪気な寝顔。私は素敵な人と結婚できた。

(私も、あなたに助けてもらった女の1人。
 あなたはものすごーく格好良かった。
 私は一目惚れして、追いかけて、ついに振り向いてもらえた。
 だから……心配なのよ……。
 外には"危険"がいっぱいだから。)


(998文字)

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