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[創作] 2006年05月19日(金)に書いたショートショート

第16話:わかってない

第16話:わかってない

「兄貴! ちょっと聞いてくれよ」

 といって弟のノブヒコが部屋に入ってきた。
(コイツはまったくわかってない……)
 兄とはいえ、他人の部屋に入るときはまずノックしろと、何度言えばわかるのか。

 で、なんの話かというと、失恋したらしい。
 結婚を前提に付き合っていた彼女が、ちょっと目を離したスキに前の彼とヨリを戻してしまったそうな。
「あんなに一緒だったのに、あんなに愛し合っていたのにぃ……」
 ノブヒコは持参した焼酎をあけて呑みはじめた。正直、どうでもいい。しかし、かわいい弟が悩んでいるのだ。今夜くらい付き合ってやるか。

 ところが、ノブヒコの悲しみは想像以上に深かった。
 毎夜毎夜、おれの部屋に上がり込んでは酒を飲み、彼女との思い出を語りつづける。一週間が過ぎるころ、ウンザリしたおれは叱りつけた。

「泣くな! いい加減にわかれ!」
 ノブヒコはぽかんとしている。
「なぜ泣く? おまえのヨサがわからない女のために、ながす涙があるか? 馬鹿な女と笑えばいい!
 約束より自分のシアワセを優先できる女なら、彼女をたたえろ! さすがおれの惚れた女だと祝ってやれ! 泣く必要など、どこにもない!」

 コップに残った焼酎をぐいっとあおると、ノブヒコは叫んだ。

「兄貴はわかってないよ! 本気で好きだったんだッ!」

 ノブヒコの目に涙が潤んでいる。ちょっと言い過ぎたかもしれない。その夜以来、ノブヒコは部屋にあがってこなくなった。

 3週間後──、階段でばったりノブヒコと対面した。
 小柄な女性が寄り添っている。2人ともほおが紅潮している。ナニをしていたかは、聞くまでもない。

「えー、あー、そのー、こちら、新しい彼女」
「……は?」
「ほらさ、これから冬じゃない!」

 どういう意味だ? 彼女がいないと冬がツライということか? 彼女は暖房器具か? おまえは、どーゆーつもりで女性と付き合ってるんだ?
 彼女への愛は本物か? 前の彼女への愛はどこへ消えたんだ?

 小一時間ほど問いつめたかったが、やめた。
 どうせ答えはわかっている。新しい彼女も、そーゆー男とわかって身をゆだねているのだ。おれがクチを差し挟む世界じゃない。

 ドアを閉めようとすると、弟が声をかけてきた。
「あ、兄貴も引きこもってないで、彼女を作った方がいいよ。人形ばっかりいじってないでさ!」

 ムカついたおれは怒鳴った。

「これは人形じゃなくて、フィギュアだッ!
 おまえはまったく、わかってない!」


(991文字)

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