第19話:閉じこめられた2人 ss19
2006年 ショートショート「私はイヤよ! こんなところで死ねない!」
リツコは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。その声は地下道に反響して消えた。先を歩いているカズミは無視した。ずっと無視している。返事をしても、ますますリツコを怒らせるだけだとわかったからだ。
しかしどのみち、リツコの怒りはおさまらなかった。無視することにも疲れたカズミは、休憩することにした。
「そんなに怒鳴らないでよ。ちょっと休みましょう」
瓦礫をよけて、腰を下ろす。ぷりぷりしていたリツコも、やがてカズミのとなりに座った。
◎
昨夜、地下鉄構内で落盤事故があった──。
大地震があったようだ。とにかく車両はぺしゃんこで、生き残ったのはリツコとカズミの2人だけだった。
閉ざされたトンネル内で、2人は救援を待った。しかし翌日になっても状況は変わらなかった。不安になった2人は、地下道を歩きはじめた。最初は仲良く歩いていたが、いまは険悪なムードになっていた。
2人は同じ年齢だが、その内面は対照的だった。リツコは真面目なOL。貧乏から脱するために、地道に、コツコツ働いてきた。一方、カズミは遊び人。家が裕福なので、働いたことがない。自由気ままに遊びほうけてきた。
「私ってキリギリスなのよね。太く短く生きればOK、みたいな♪」
場を和ませるつもりだったが、思いっきり逆効果だった。
「それじゃ私は、冬が訪れるまえに死んじゃうアリってわけ? じょ、冗談じゃない。いろんなものを我慢してきたのよ。これからなのよ。だって私はまだ……」
まだ恋もしてない、と言いそうになって、リツコは言葉を呑み込んだ。やりきれない思いから騒いできたけど、落ち着いてきた。カズミを責めても仕方がない。
「カズミさん、私はね……」
リツコの告白は、最後まで聞けなかった。
次の瞬間、ふたたび地面が大きくゆれた。地震というレベルじゃない。地下道そのものが崩れはじめた。リツコとカズミは抱き合いながら、瓦礫の中に消えていった。
◎
蛍光色の空は、ぐにょぐにょと渦巻いていた。核戦争が起こったのか、宇宙人が攻めてきたのか。
たぶん後者だろう。あの光る輪っかはUFOに見える。地上は、よくわからないことになっていた。
「それじゃ、行くね♪」
数分前に事切れたリツコのほおにキスをして、カズミは歩きはじめた。もしかしたら、ここで死ねたリツコの方がラッキーかもしれない。
先のことはわからない。
とにかく歩いていくだけだった。
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