第29話:ニートの王様
2007年 ショートショート「おまえ、まだ働いてなかったのかッ!」
強い口調で叱咤したのに、アユミはテレビから目を離さず、「んー」とだけ答えた。布団に横たわって、細い足をぶらぶらさせている。なんたる品のなさ。おれが兄でなかったら、幻滅して部屋を出て行くところだ。
だがおれは兄として、妹を導いてやらねばならん。
「いいか、アユミ。よく聞け。
おまえはもう30だ。おまえと同世代の子たちはみんな働いて、係長とかリーダーにステップアップしてるんだぞ。それなのにおまえはスタート地点にも立ってない。大学を中退したきり、遊びほうけて……」
そこでふと気づいた。
「おまえ、ここの家賃はどうしてるんだ?」
妹は振り返って、肩をすくめて答えた。
「いろいろ保障があるのよ。失業保険とか、ニート救済政策とか」
カチンと来た。
そうなのだ。この妹は人を使うのがすごくうまい。こんな制度があるよ、こんなバイトがあるよと、周囲がこぞって妹を助けてしまう。だから妹は自立できない。愛嬌がいいのも考え物だ。
「おまえな、こんな暮らしがいつまでも通用すると思うなよ。
地道な努力こそが、成功への近道なんだ。
大学に入るまでは優等生だったのに、どうしちゃったんだ?
おれだって昔はな……」
◎
……気がつくと23時を過ぎていた。
「それじゃ、おれは帰るけど、今日話したことをよく考えるんだ。
ここに、おすすめの本を置いておくから、読むんだぞ!」
「あーいー」
アユミの気の抜けた返事が、閉まるドアごしに聞こえてきた。
◎
「いいよ、出てきて」
足音が遠ざかったことを確認すると、アユミは合図した。
「ふー、お兄さんは帰られましたか」
押し入れから、背広を着た青年が出てきた。ずっと隠れていたらしい。
「これでようやく仕事ができるわね」
アユミはノートPCを取り出して、カチャカチャと原稿を書きはじめた。
「あれ? これは先生が書いた本ですね! お兄さんもファンなんですか?」
「兄は、私が著者だってことを知らない。ペンネームだしね」
担当者は首をかしげた。
「そこです。そこがわかりません。
先生が書いた本が多くの若者に勇気を与えていることや、億に達する収入があることをなぜ秘密にするんです? それと、こんな狭い部屋に住まなくてもいいのに」
アユミは指を止めて、答えた。
「あのね、兄さんは自分より劣った人がいないと駄目なの。
妹としては、兄を導いてやらないとね」
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