第30話:アラン・スミシー
2007年 ショートショート「えぇと、アラン・スミシーをご存じですか?」
私が黙っていると、電話の向こうの担当者はていねいに説明してくれた。
「アラン・スミシーは映画監督の名前です。
いくつかの映画のクレジットに、その名を見ることができますが、実在の人物ではありません。
つまり、監督の名前を載せられないときに使う名前なんです。
まれに監督が撮影中に降板しちゃったり、作品の出来を気に入らず、自分の名前を載せたくないと言い出すことがあります。でも映画は公開しないと制作費を回収できない。公開するには監督の名前が必要。
こういうときに使う名前が"アラン・スミシー"です。
匿名を示す一種の暗号ですね。
あるいは制作会社の都合で、監督の名前を差し替えるときもあります。
たとえば、映画は撮り終えたけど監督が不名誉な事件で逮捕されちゃった場合、会社としては、そんな監督の名前で映画を公開したくない。
こういうときも名前を差し替えます。
著作権などの問題はありますが、そこへんは契約で調整できます。
つまり……そういうわけなんです。
わかっていただけましたか?」
長い説明は終わったが、私には理解できなかった。
「いいえ、わかりません。
私がお伺いしたいのは、あの映画の主役を演じた役者さんのことです。劇場公開時はフッくんが主演していたのに、再販されたバージョンでは別の方が演じてますよね?
あの"亜乱 炭士"という方は、新人さんですか?
彼を売り出すために、撮り直したのですか?」
「……そ、そうではありません。
ご存じですよね?
フミト氏はこのあいだ、詐欺で逮捕されまして……」
「えぇ、知ってます。
あれは不当逮捕ですから、私はフッくんの無実を信じています。
でも、いま問題なのはフッくん以上にハンサムで、印象的な演技をされた亜乱さんです! とっても素敵でした! 彼はどちらのご出身ですか?」
「……さ、最近はCG技術が進歩していましてね……」
「それとヒロイン役を演じた"亜乱 澄子"さんも愛らしかった。炭士の妹さんでしょうか?」
「……ヒロイン役を演じていたトモミちゃんも薬物疑惑がありまして……」
「あと最大の疑問なんですが、映画会社の"アランス・ミッシング"に電話したのに、なぜ不祥事を起こした御社につながったのですか?」
「……わ、わかってくださいよ〜」
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