第31話:読書する力
2007年 ショートショート「カズユキ、今こそおまえの協力が必要なんだ!」
革命志士であるおれは、カズユキの家で机を叩いた。しかしカズユキは動かず、本を読みつづけている。今日という今日は説得してやる。
◎
おれとカズユキは幼なじみ──。
ふたりとも資産家の家に生まれたので、十分な教育を受けることができた。その結果、おれは外国の思想に触れて、革命を志すようになる。同じように思想に目覚めた仲間たちと徒党を組み、地下活動を展開していた。この時代、おれたちの思想は政府に危険視されていたからだ。
しかしカズユキは動かなかった。
膨大な書物を読み、現政権の過ちや諸外国の事情を知ったにもかかわらず、なんら行動を起こさない。ただ読書するだけ。
「おまえは、なんのために本を読むんだ?」
おれの問いかけにも耳を貸さず、カズユキは紙の上の文字を黙々と読みつづけた。ページをのぞいてみると、知らない国の言葉だ。カズユキはどれほどの本を読んだのだろう? そうやって吸収した知識をまったく使わずに死ぬつもりなのだろうか?
「カズユキ、知ってるか?
西方では志士の惨殺され、南海では石油が見つかった。
いま、世界は一気呵成に動こうとしてるんだぞ」
「なんだって! それは本当か!?」
何気ないつぶやきに、カズユキは急に食らいついてきた。詳しく説明するとカズユキは立ち上がり、叫んだ。
「こうしちゃいられない。きみの仲間を紹介してくれ!」
◎
カズユキはおれの組織に加わった。
最初は怪訝な目で見られたものの、その明晰さ、作戦立案の大胆さは次第に支持されていった。4年間、カズユキは組織のブレーンとして活躍したのだが……ある日、ふっと消息を絶ってしまった。
そして戦争が勃発──。
愚かな戦争は8年もつづき、我が国に敗戦と荒廃をもたらした。おれの仲間たちはみな特別警察に捕縛され、その過酷な尋問で大半が獄死した。ようやく自由を取り戻したとき、おれの髪はまっ白になっていた。
カズユキはどこへ行ったのか?
あとで知ったことだが、カズユキの家族も混迷の中で離散していた。つまり革命に参加した者も、参加しなかった者も、同じ末路をたどったわけだ。そしておそらくカズユキだけが、災禍を免れたと思う。
カズユキはきっと……今もどこかの国で、本を読んでいるんだろうな。
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