創作  2008年04月17日(木)に書いた ショートショート

第38話:恋する心臓

第38話:恋する心臓

「恋をしてるのは、あたしの心臓かもしれません」

 なぜここで恋の相談を? と思ったけど、サトコの表情がこわばっていたので、話を聞くことにした。胸をぎゅっと押さえて、サトコは話しはじめた。

 復学したサトコは、高校の美術教師を意識するようになった。彼に近づくと、心臓がドキドキしてしまうのだ。最初は驚き、戸惑いもしたが、友だちに「それは恋だよ」と指摘され、赤面するようになった。ところが、ふとした偶然から事実を知ってしまう。

 サトコの心臓は、交通事故で死んだ女性から移植されていた。
 その心臓の提供者(ドナー)は、美術教師の奥さんだった。そのことを知ってサトコは青ざめた。心臓の鼓動が早まる。まるで自分の意志があるかのように、勝手にドキドキしてしまう。サトコは怖くなった。

 サトコの話を聞いて、私はしばし考えた。
 心臓が感情に大きな影響を与えることは、医学的な事実だ。しかしドナーの感情が臓器に残留するなんて考えられない。とはいえ、人間の想像力には歯止めがきかない。サトコがそう思っているなら、それはサトコにとっての真実になってしまう。私はサトコに言った。

「そうね、その人には近づかない方がいいでしょう。
 移植された心臓はサトコちゃんのもの。死んだ奥さんなんて関係ない。そこを意識してしまうようなら、その恋は成就しないでしょう」
 期待に反する助言だったのか、サトコはショックを受けたようだった。やがて小さく頷くと、ぺこりと頭を下げ、帰っていった。

 独りになった私はパソコンを起動し、リストを開いた。
 マウスを動かして、サトコの名前にチェックを入れる。

「これで11人。
 奥さんから臓器提供された人は、みんな彼のところに……。
 こんなことがあるなんて……」

 長いこと臓器移植のコンサルタントをしてるけど、こんなケースは初めて。ドナー情報は秘匿されているのに、レシピエントたちは彼の周囲に集まってくる。そして、さまざまなカタチで彼に関わっていく。まさしく運命の糸にたぐり寄せられるようだ。
 無用なトラブルを避けるためにも、私はレシピエントたちが彼に近づかないように、注意しなければならない。

 私はファイルをダブルクリックして、彼の写真を開いた。
(なんとしても、あの人を守らなければ……)
 移植された私の目も、彼のことしか見えないみたい。

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