第49話:アレルギー×アレルギー 猫アレルギーなのに猫を飼っている人がいると聞いて、思いついた話。 マルキ・ド・サドは言いました。 「快楽は、苦痛を水で薄めたようなもの」
2008年 ショートショート「えぇ! 自宅で海老を食べてるのー?」
トモミの告白に、素っ頓狂な声をあげてしまった。居酒屋の注目が集まる。
「チーちゃん、声が大きい」
私たちは身体をかがめ、小声で話すことにした。女2人で内緒話をしているみたい。
トモミは職場の後輩で、とてもかわいい。アネゴ肌の私とは対照的だ。
数年前、会社の慰安旅行で伊勢エビが出てきた。トモミはそれを食べると、ぶんぶん手を振って感激した。
「海老って、こんなに美味しかったの? 甘いよ♪」
トモミは海老アレルギーだから、新鮮な海老を食べたことがない。だからその美味しさも知らなかったらしい。新鮮な海老ならアレルギー反応は出ないのかしら?
と思った矢先、トモミがガクガク震えだした。
そのあとは大変だった──。
トモミは失神して救急車で運ばれた。食中毒が出たと、旅館は上を下への大騒ぎ。警察や保健所までやってきて、なぜか私がお詫びしてまわることに。
◎
そのトモミが、自宅で海老を食べている。
彼氏に調理してもらい、一口食べる。美味しさに感激して数分後、アレルギー反応で失神。そのあとは彼氏に介抱してもらっているそうだ。
「ヤバイって、死んだらどうするの?」
「だって、彼はお医者さんの卵だから、大丈夫よ」
「そーゆー問題じゃないでしょ! そもそも...」
ふと気がついた。
「まさかと思うけど、トモミが好きなのは海老? それとも失神?」
「え?」
なにか言おうとして、真っ赤になる。答えを聞くまでもない。
トモミは、アレルギー反応に感じている!
旅館の苦労を思い出した私は、厳しい口調で叱りつけた。するとトモミがすねた。
「いいじゃない、イケナイことで感じたって!
チーちゃんだって、同じでしょ!」
「なんのこと?」
トモミは言いよどんだが、私はしゃべるよう威圧した。
「だって、チーちゃん、駄目男が好きなんでしょ?
トモミには信じられないよ。アレのどこがいいの?」
がつんと後頭部を殴られたみたい。
言われてみれば、そのとおり。私の彼はミュージシャン志望の駄目男。意志薄弱で、常識もない。想像を絶する駄目っぷりに、何度も煮え湯を飲まされた。それでも尽くす私って...。
「チーちゃん、怒った?」
無言でジョッキを飲み干すと、私は言った。
「アイツとはもう、別れたよ」
「ほんと? あっ、それじゃごめん。駄目男が好きなんて言って」
消え入るように謝るトモミに、私は優しくつぶやいた。
「いいのよ。
アイツね、就職したの。もう駄目男じゃないの」
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