第63話:死んだ主人が日記を書いています あー、仕事が忙しいときにかぎって、ショートショートを書いてしまうぅ。
2009年 ショートショート死んだ主人が日記を書いています。
もちろん主人でないことはわかっていますが、そう思えてなりません。
この気持ちを、どう整理すればいいでしょう?
主人の趣味は、ブログでした。
小学生のころから毎日欠かさず、どこへ行った、なにを見た、なにを食べた、どう思ったかを記録してきました。大した内容ではないのですが、細やかな描写に多くのファンがいて、かくいう私もその1人でした。
「え、あなたが、あの人ですか!?」
初対面で素っ頓狂な声をあげてしまったことは、結婚後もよく冷やかされました。
驚いたことに、私の母も読者でした。
私は高校3年(県大会に出場したあたり)からの読者ですが、母は小学5年(海沿いに引っ越したあたり)から彼を知っていました。なので初めて紹介したときも「まぁ、大きくなったわね」と感心し、いきなり昔話で盛り上がる始末。恋人の私より詳しいので、イライラしました。
その後も主人は日記を書き続けました。
結婚したこと、喧嘩したこと、仲直りしたこと...。
そして昨年春、事故で亡くなったのです。
葬式のあと、ブログの閉鎖も考えましたが、パスワードがわかりません。それに、ブログを消すことは主人の存在を消すことに等しいと思えたので、放っておくことにしました。更新が止まれば、そのうち自然消滅するでしょう。
ところが、なにげなく開いてみたら、死後も日記が更新されているではありませんか。なんということでしょう。だれかが主人になりすましている。日記を読み返して、私は知りました。
主人は死ぬ直前、(私以外の)読者全員にパスワードを送付していたのです!
死んだ主人が、最近のニュースにコメントしたり、できたばかりの施設を訪れている。どこへ行った、なにを見た、なにを食べた、どう思ったか...。その筆致は、主人そっくり。
私のことも書かれていました。
「昼間、図書館で妻を見かけた。元気そうで、安心した」
「相変わらず妻の足あとがない。寂しいような、これでいいような」
「新発売の果実酒はオススメ。きっと妻も気に入るだろう」
この日記を書いたのはだれ? 何人で書いてるの?
怖いと思うかたわら、私は主人の眼差しを感じていました。
主人はたしかに、生きている...。
きのう、オススメの果実酒を試してみました。
美味しかったです。こういうの、好きです。
ありがとう、《あなた》。
もし私も死んだら、《あなた》と永遠を歩めるかもしれませんね。