第66話:殺人罪 ロボットが人間を殺す話はよくあるので、逆を考えてみた。 「人間」の定義は科学じゃなく、社会が決めることだから、 ロボット殺人、ロボット虐待が罪になる未来も、あり得ないわけじゃない。
2009年 ショートショート「これはどうしたことだ!」
久しぶりに研究室を訪れた私は、驚きを隠せなかった。
アルジャーノンが、研究スタッフと談笑している!
もちろん、アルが言葉をしゃべっているわけではないが、そう見えてしまった。
「あ、教授。いらしたんですか」
助手のイズミが席を立つと、ほかのスタッフも三々五々、持ち場にもどった。
ひとり残されたアルは、リモコンでテレビをつけ、おやつを食べながら見始めた。
とてもチンパンジーとは思えない。
しかしアルの手術は失敗だったはず。
私はイズミに説明を求めた。
「えぇ、初期テストの成績は芳しくなかったのですが、観察アプローチを変えてみたんです。
ぼくらはアルを、人間として扱ってみました。
檻から出して、いっしょの部屋で暮らしました。すると、ぼくらがアルを観察するように、アルもぼくらを観察して、人間のルールを学びはじめたんです。なにしたら叱られるか、なにをしたら喜ばれるか。コミュニケーションが成立すると、知能も一気に発達しました。
アルは日に日に賢くなってます。
今じゃ"彼"自身も、自分は人間だと思っていますよ」
「なにを馬鹿な......」
ふと、アルと目が合った。
毛むくじゃらのチンパンジーが、私を見ている。じわりと冷や汗がにじむ。
しかしアルは興味なさそうに、視線をテレビに戻した。なにげない仕草だが、人間をまったく恐れていないことがわかる。いや、緊張した私を見て、警戒する必要はないと判断したのだ。
「あぁ、すみません。
さすがのアルも、教授がここのボスとは認識できないようですね」
イズミが場を和ませようとする。
「さておき、アルは驚異的です。
貴重な観察記録がとれました。
知性は単体で存在せず、社会によって認知され、成長するんです!」
◎
「それで、カッとなって、殺してしまった?」
刑事の質問に、私はうなずいた。
「しかし刑事さん、"殺す"って表現は適切じゃないでしょう!
だって、イズミはロボットですよ!
ロボットなのに、人間のルールを学んで、私の代わりに研究して、論文を書いて、しかも......」
刑事がつづけた。
「......しかも、みんなに愛されている。
ですから教授、今回の暴挙は各方面から非難されていますよ。
新聞にもデカデカと載りました。
教授の殺"人"としてね」
「馬鹿な。アレは人間じゃない!」
「"彼"がなんだったかは、社会が決めるでしょう。
もしかすると教授は、ロボット殺人罪を問われる最初の人間になるかもしれませんな」
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