第68話:国産の癒しツール 半年ぶりの1,000文字ショートショート。 真理省は『1984』から、ムードオルガンは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』からの引用。 未来SFっぽく見えるが、現代の話を書いたつもり。
2009年 ショートショート『きみがこの手紙を読むころ、ぼくはこの世にいないだろう。
ぼくは政府の秘密を知ってしまった。そのことを、きみに伝えておきたい。
いや、きみは知っているはずだ。きみは真理省の長官であり、ムードオルガンの開発にも携わっていたのだから。
それでもぼくは、きみに手紙を残す。そこに希望があると信じて。
◎
国民はなぜ気づかないのか──?
これは永久戦争だ。覇権を賭けて争っているように見えるが、そのじつ各国が結託して、労働力を消費させているだけ。戦争が、支配の道具に使われている。奪って、奪い返されて、また奪うの繰り返し。恐怖と歓喜が、戦争の動輪をまわしつづけている。
国民のストレス解消のため、ムードオルガンは開発された。
仕事の疲れをとる"癒し"ツールだって?
一度使えば中毒になる洗脳機械じゃないか!
ムードオルガンは、疲れも悩みもしない兵隊を量産している。
なのに国民はムードオルガンを捨てられない。もはや機械の補助なしに、現実を受け入れることはできないから。
近年の環境悪化によって、食糧供給は破綻寸前。しかしムードオルガンさえあれば、泥水も芳しいコーヒーとなる。誰がしらふで泥水を飲めるだろう。そうやって脳はだませても、身体は衰弱していく。国民は目隠しされたまま、死の行進を強いられているんだ。
ムードオルガンによる人心掌握は、偶発的な事故以外では破綻しない。
なのに、ちくしょう!
支配階級の連中まで、ムードオルガンで現実逃避してるなんて!
もう堪えられない。そして、堪えるべきじゃない。
狂った社会で狂うのは当然のこと。人間には「発狂する権利」がある。
ぼくは発狂する。
あとのことは、きみにゆだねる』
◎
「ねぇ、どう思う?」
手紙を読み終えて、ぼくは顔を上げた。
愛する妻がいる。
美しく見えるのは、ムードオルガンの効果。本当の顔は見えているが、見えていない。
この白い部屋も、本当に白いとはかぎらない。
「自分で書いたのは覚えていますが、まぁ、狂ってますね」
ムードオルガンの故障で、ぼくは精神被爆していたらしい。
痛々しい内容だが、恥ずかしさはない。ムードオルガンが負の感情を抑制してくれるので、前向きに考えられる。
「で、これからどうする?」
ぼくは答えた。
「この一件で、配信システムの脆弱性が明らかになりました。
二度と発狂者を出さないよう、改修します」
「つらくない?」
「いいえ、この仕事に誇りを持っていますから」
(993文字)